第3話 利用する者

***


「先日の天使の件だが、ヴィルヘルム氏の残した資料を当たってはいるが、今の所まだこれと言って有力なものは出てきていない。おまえ自身にはあれ以上の事は心当たりはないと言っていたが、これから行く先でジルフォードの件とは別件で、何か少しでも情報があれば尋ねてもらいたいんだが」


 リリアージュが説明を終えると、今度はおもむろにフィンが口を開いた。

 昨日の件を任せていたオズワルドとドロシーに加えて、自分が付いて来たのはこの件が主な理由だった。

 実在していたとしても見ることは叶わない、互いに積極的に関わり合うこともしない。そして本当に人間というのは都合の良い生き物だ。普段は信じていないにもかかわらず、悪い事象は彼らに押し付けてしまうのだから。だからこそ今現在の人間にとって妖精や精霊でさえおとぎ話や悪鬼とされる世の中だ。これこそ天使だなんて空想だと思われるだろう。


 けれども存在するものはするのだ。

 そして今の国民の大半は――というより多くの人間は忘れてしまっているだろうが、この国の成り立ちにおいても彼らとの《約束》があってこそなのだ。それは今では極々一部の間でしか受け継がれてはいないが。


 そして人間の世に伝えられていることがあるなら、彼らの世にも伝えられていることがあるはずだ。それらが全く同じことを指している場合もあれば、異なる解釈や、どちらか一方にしか伝わっていないこともあるはずだ。ましてや短命の人間では伝えていく間に解釈が違ってくることもあるだろう。その為人間よりも長寿である彼らならならその伝えられている話の正確性も増すだろう。

 だからこそ彼らの知恵を借りたいと、フィンはこのリリアージュという少女に出会ってから兼ねてより考えていた。けれどもそんな都合の良い機会が簡単に訪れるわけはないとも思っていた。


 しかしながら部下であるゼンの、面白いことを優先した結果という何とも言えない私的なミスで、これまた良いのか悪いのかリリアージュという少女を巻き込んでいた。そしてこの件は使えるとも思ってしまった。

 もちろん天使の一件は悪害でしかないが、こうして自分の居ぬ間に彼女の実家である、妖精の集落へと同行することになったのだから。


「分かりました、一応聞いてみますね」

「頼む」

「それは私も個人的に知りたいな」

「自分は緑の魔女さんに聞いてみたいことがあります」

 フィンの頼みに便乗して、ドロシーとオズワルドがそれぞれの望みを言う。


「はい、せっかくなので先生にもお願いしてみます」

 人が良いのか、頼まれたら断れない性格なのだろうか、リリアージュは引き受ける返事をした。

 ドロシーは以前より妖精等の存在に好意的な様子を見せていた。おそらく今のは好奇心が勝っているだろう。一方オズワルドはドロシー程欲望に素直ではないが、優秀な王宮魔術師だ。魔女という存在に対して向上心が発揮されているのだろう。


「ところで……そのヴィルさんのお屋敷の事なのですが……」

 何か言いにくそうに、リリアージュは口を開いた。


「何だ?」

「ニコルの事で」

『リリ?』

 リリアージュの膝の上で丸まっていた灰色のふさふさした毛並みの猫が、ふと鳴きながら顔を上げた。おそらく自分の名前に反応したのだろう。


「ニコルはヴィルさんの友人でしたので、何でもいいんです……そちらにとって要らない物で構いませんので、何か形見になりそうなものがあれば譲って頂けたらと」

『――っ!』

「調べ終わった後でなら構わない、その時に好きな物を持っていくといい」

 屋敷の中には確かに価値のあるものも多いが、そうでないものも多い。なのでそうの旨を伝えた。


『いいのかっ!?』

「ありがとうございます。良かったねニコル」

『うんっ』


 ニコルと言う名の猫が一度ちらりとこっちを見て鳴いた。猫の鳴き声にしか聞こえないが、おそらく何かを話したのだろう。残念なことに聞き取る力は無かったが、嬉しそうにしていたことはしっぽの振る様で伝わってくる。その様子は普通の猫と何ら変わらないように見えるが、こちらの言葉を理解していそうなあたり、やはり報告通り普通の猫ではなく、彼女の言う通りケット・シーなのだろう。


「もう一つあるんですか、その……屋敷内を探していた時に、とても興味深い本を色々と見つけたんです。それでもしよければ、そちらで調べ終わってからで構いませんので、読んでみたく貸していただけたらなと思ったのですが……」


 確かにあの屋敷の書斎にはかなりの蔵書量だった。リリアージュという少女は《付喪神について》《約束と勇敢な友》《時の羅針盤》《古の条約》などいくつかの本のタイトルを述べる。中でも《古妖精と古竜の伝承について》という本に非常に興味を惹かれたのだとのことだ。

 正直そこまで詳しくは覚えていないのだが、そんなタイトルはあっただろうかとも思ってしまう。


「――分かった、この件が片付いたらいくらでも読んでくれ」

「ありがとうございます」

 本くらいでそこまで礼を言われるとは思わなかったが、今まで自分が関わってきた人達の笑みとは違い、その裏表の無い笑顔にはまぶしさを感じた。


 昨夜は彼女の持つ能力を借りれる状況に持ち込むために、どう話を持ち掛けるのかを考えていた自分をしては、少女の方から持ち出したこの話は、自分にとってはとても魅力的且つ合理的な話だった。しかしながらそれと同時に純粋な少女を、己の利益と立場の為に利用している自分に対し、少しばかりの罪悪感を感じていた。


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