第2話 家出娘の心境

 ふと窓から外を眺めると、大きな広場に差し掛かっていた。広場の中央に作られたステージが目立ち、こちらでも多くの人々が祭りの準備をしている様だった。祭り当日にはこっそり人に紛れて参加したことはあるけれど、準備自体は見たことが無い為、物珍しそうに暫く眺めていると、ふいにオズワルトが口を開いた。


「到着前に予め、キミに確認しておきたいことがあるんだけど」

「私にですか? 何でしょう?」

「昨日は《妖精の集落出身》と言っていたけど、キミ自身は……」

「私は人間です」

 リリアージュは視線を窓の外から戻して聞き返す。そしてオズワルドの意図する言葉が分かり、リリアージュはきっぱりと言い放った。


 それにしても、昨日の場面で聞いてくれれば良かったのに、あの場では一応遠慮したのか、それともあの場には居なかった人物にもあえてリリアージュの口から聞かせたかったのか。後者ならばリリアージュが思っていたよりも、このオズワルドという人は穏やかな顔に似合わず切れ者なようだと認識を改めてしまう。


「以前、フィン様には話したと思います――“人間の子どもを妖精が育てる”話を」

「あぁ、確かに聞いたが……まさか、おまえが?」

「ねぇ、どういうこと?」


 先日妖精たちの《バラ》探しをしている時に、《妖精の取り換え子》の話からリリアージュがこの話をしたはまだ記憶に新しい。しかしあの場に居なかったドロシーには意味が分からない様子であり、思っている疑問をそのまま口にした。オズワルドもあの場には居なかったはずだが、ドロシーとは異なりある程度事前に話を伺っていたのか、それとも推測していたのか冷静な様子だ。


 その為リリアージュは観念したかのように、溜息を洩らし、

「別にもう隠しているわけではないからいいんですけどね。お察しの通り、私は幼い頃から妖精たちに育てられました。丁度今から向かっている妖精の集落こそ、私の故郷であり実家なんです」


 (……別に隠しているわけじゃない)

 ただ知られたら面倒だなと思っているから、自分から言わないようにしているだけだ。でもここまで来たら、もう別にいいかとも思ってしまう。何しろこれから彼らと一緒に実家に行くわけなので、遅かれ早かれ知ることになるのだから……。それならば後から追及されれるよりも今ここで話してしまった方が良いかもしれないと思った。


「実家なんですけど……今から一ヶ月くらい前までは、そこで皆と一緒に暮らしてたんですけど……ちょっと喧嘩して家出しちゃいましてね……」

「喧嘩ってっ!?」

『――っ!?』

 ドロシーの突っ込みと同時に、ギョッとした周りの視線がやや痛い様な気がする。加えて会話には参加していないもののニコルも大きな目を見開いてリリアージュを振り返る。


「私にとっては重大事件に匹敵することだったので、つい意地を張り過ぎてしまい……お互いに引けなっちゃいまして……」

「意地で随分と思いきったことをしたんだな」

 呆れたようにフィンが感想を漏らした。


「まぁ普通に考えればそうですよね……私あの時は後先考えて無くって、結局空腹で行き倒れちゃいましたし……」

「行き倒れって」

 オズワルドにも呆れられたようだ。


「本当はユーリの所に行こうと思ったんですけど、よく考えたら出て行った子たちの居場所なんて分かんなかったわけでして辿り着けるはずもなく……その時、エミリアさんに助けていただいた御恩で、今の診療所で住み込みで働かせていただいているんです。」

「そうなんだ……ねぇ、ユーリって子は?」

「ユーリは森で一緒に育った人間の友達です。でも数年前に見えなくなったので、出て行った子たちと同じく、集落を出ました。その時いつか遊びにおいでって言われていたんですけど、思えば何処に居るかはさっぱりでした」


 ドロシーだけは驚いてはいる様子に加えて目を輝かせていたのは“ユーリ”と言う名に対しての様だった。なぜなら“ユーリ”が人間と聞いて少し残念そうに肩を落としていたようだったから。


「そっか……私、妖精とお話しできるなんて羨ましいって思ってだけど、色々と苦労してるんだね」

「苦労って程じゃないですけど……そうですね。今となっては私にとっては丁度良い機会だったのかなとは思います」

「良い機会って?」

「普通は私くらいの年になっても、皆と家族として一緒に暮らしていけるのは珍しいことだったから……」

「……どうして?」

「だって、人間の子どもだと、どうしても……みんな途中で見えなくなっちゃうんですよ……見えなくなったら皆とは一緒には暮らせませんから……だから、私が今もこうして見えるのは特殊なんですよね……」

「でも見せることは可能なんでしょ?」


「確かに元より見えない子もいます。そういう子を育てる場合に、見せるように働きかけるんです。けれども妖精である彼らにとって、一緒に暮らせる事とは別問題なんですよ。見える間は子どもとして扱うけれど、見えなくなった時それは大人になった時――つまりは独り立ちする時と捉えるんです。元々見えない子の場合は、見えていた子たちと同じ年くらいまで。あぁ、もちろん見えなくなったからってすぐに追い出すことはしませんけどね」


 リリアージュの知る集落の妖精らは育てた人間の子どもが、いつか見えなくなることを――外に行くことを見越して、独り立ちしても困らないようにと出来る限りのことを行う。そしてそれと同時に妖精に育てられた頃の記憶の一部に封を施す。

「先生は……未だに見ることの出来る私の事を「それは才能」だと言っていました。でも他の子たちからすれば……未だに見ることの出来る私は特殊というより異常なのかもですね」


 今まで集落に居た人間の子供たちの中で、リリアージュ以上の年齢になってもまだ見えている子は居なかった。リリアージュを覗いて一番長く見えていた子でさえ、十四歳までだった。リリアージュ以外で唯一大人の人間である先生は、それは持って生まれた才能の違いと言っていた。まぁ先生の場合、緑の魔女と言われる由縁とも関係していそうだとも思えるが。


「そんなことないっ!」

 声を張り上げながらドロシーはリリアージュの手を握る。

「見えることは素敵な事だよ。それに、そうでなかったら私、リリと出会えなかったもんっ!」

「ドロシー……ありがとう」

「うんっ」


 ずっと自分は他の子たちとは違い過ぎると思っていた。

 この髪色もそうだし、同世代の子たちよりやや幼く見えることもそうだ。そこそこ魔力はあると言われたのに、ちっとも力は使えないことも一応は気にしている。そして一番気にしていたのは、力のない“自分のもう半分”だ。それに関しては言えることは、自分自身のことなのに未だによく分からないということくらいだ。


「なるほど、ドロシーが昨日「例外措置」と例えた、見えない子を見せるように出来るからこそ、今回自分たちが行っても入れるように出来るんだね」

「そういうことです」

 オズワルドが切り出した話で、一番気になっていた所だろう。昨日の時点でもこの話に軽く触れていたと思ったが、改めて念を押して確認するように聞いてきたのでリリアージュは肯定した。 


「……今更なんだけど、意地を通して家出までしたのに、こんな風に帰るのって……ちょっと気まずくない?」

「うーん……気まずいと言えば、確かにそうなんだけど……、私の意地なんかよりも命の方が大事だから」

 ドロシーの心配は有難いけど、命の方が大事だ。それに、もう一ヶ月は経っているのだから、きっとあの話もうやむやになっている事だろうと思う――というより、そうであってほしいと切実に願っていた。



 オズワルドが予め確認しておきたいと言って切り出した話に一区切りがついた頃、丁度その区切りを狙っていたかのように、前方からコンコンとノックするような音がした。

 フィンが振り返り、御者台と馬車内を繋ぐ小窓を横にスライドして開ける。

「ゼン、どうした?」

「いえ、そろそろ森に入るので、お嬢さんに確認してもらえたらと」

「だそうだ」


 急に案内をと振られて、リリアージュは慌てて横の窓から外を見た。町はずれの街道から森へと続く道は、いつの間にか何の補装もされていない地面となっていた。そして森といっても、この森は城下町から森を挟んだ隣町まで馬車が通るくらいの比較的しっかりとした小道が二本のそれぞれ南北あるのだ。そして今通っている道は、森の南側を通る道の様だった。


「まだしばらく道なりに進んでもらっても大丈夫です。途中に左側に細い獣道みたいなものがあって、そっちらに行くか……分かりにくかったり、馬車が通らないようでしたら、そのまま川の手前まで進んでも大丈夫です」

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