第4章:森の妖精の里

第1話 帰路にて

 翌朝、リリアージュ自分で思っていたよりも熟睡できたようで、目覚めの良い朝を迎えた。

 今日も青空が広がる気持ちの良い朝だ。

 寝間着のまま部屋に備え付けられている洗面台にて顔を洗う。


『おはよ~』

「おはようニコル」

『オレ、今更だけどちょっとドキドキしてきちゃった』

 ふわ~っとしたあくびと共に、間の抜けたような挨拶が聞こえてきたので、リリアージュは振り返り挨拶を返す。そうしているうちに少しだけ目が覚めてきたのか、ニコルの声は先程の声よりもはっきりしてきた。


「実は私も、平常心とはほど遠い感じなの」

『実家なのに?』

「実家だからよ」

 そう言って、リリアージュは前もって準備をしていた服に手早く着替える。


『でも、ちょっとは楽しみにしてる?』

「うーん、それは誰に対してかによるかもね」

『ふ~ん』

「よし、そろそろ今日は一緒に朝ごはん食べに行こうか」

 鏡の前で服をと髪を軽く整え、リリアージュとニコルは部屋を後にした。



  リリアージュが1階のダイニングルームにて夫妻と共に朝食をとった後、思った通り畑作業を行うまでの時間は無さそうだった。昨日、暫く診療所での仕事が難しくなるかもしれないことを、事前に伝えていて良かったと思った。

 けれども約束の時間までまだ少し余裕があった為、一昨日やり損ねていた簡単な作業を調剤室で済ませておく。その後、手土産用にとハーブティー用にと、数種類のハーブをブレンドしたものをいくつか用意した。


 作業に熱中すると時間が経つのが早く感じるもので、そろそろ時間的にいい頃合いとなっていた。

 リリアージュは箱を持って急いで部屋に戻り、用意していたバッグに入れ、表へと急いだ。夫妻に一言挨拶を述べて外に出ると、先に外で待っていたニコルが『やっと来た』と言っているような顔で待っていた。


「お待たせ」

『大丈夫、約束の時間まではまだあるよ』

 と別に時間に遅れているわけではないのだけれど、こういう時間での約束事と言えば、双方共に時間よりも早く来ることが一般的なのだ。だからまだ確かにニコルの言う通り時間には余裕はあるけれど、早めに待つことにしたのだ。


 そうして待つこと五分後。通りの左側から黒塗りの上質な客室とこれまた立派な箱馬車がやって来た。昨日よりも確実にグレードアップしている気もした。こちらも約束していた時間よりも少し早めだった。その為、リリアージュは早めに行動していて良かったと内心ほっとした。


「おはよう、お嬢さん」

「おはようございます」

 診療所の前で止まった馬車の御者台からゼンが降りた後、そう声を掛けてきた。 その為リリアージュが挨拶を返すと、ゼンは客室のドアを開け「どうぞ」と声を掛けながら入る様に促した。馬車に乗ると、そこは予想していた顔ぶれだった。


「おはようございます」

 と言って、唯一空いていたドロシーの隣である後部座席に座ると、笑顔で「おはようと」声を掛けられ、向かい側であり進行方向に背を向けて座るフィンとオズワルドからもそれぞれ挨拶された。

 ゼンはリリアージュに付き添うようにニコルが乗るのを確認した後、馬車の出入り口の外側から、地図を使って簡単に行先の確認を行う。


「じゃあ、この辺までは馬車でも行ける所なんで、そこまで来たら一旦知らせます」

 と言って手筈を整え、ゼンはドアを閉め再び御者台に上がった。

 そしてすぐに馬車は出され、目的地である東の森へと進みだした。


***


「ねぇ、その子がこの前出会った子?」

 妖精に対して興味関心の高いドロシーが、リリアージュの膝の上に下を向いて丸まって座っているニコルの事を聞いてきた。それに伴いニコルの耳が自身の話題にピクピク反応する。


「うん、この子がニコルだよ」

 それに気づいたリリアージュはクスっ笑い、とドロシーに紹介した。

「初めましてニコル、私ドロシーって言います。あなたの言葉は今の私には分からないけど、友達になってくれませんか?」

 まるで握手を求めるかのようにドロシーは手を差し出して、ニコルへ自己紹介をした。


 その言動に少し驚いたニコルは、下を向いていた顔を思わず上に見上げてしまった。けれどもその言動は先日の失礼なヤツとは違い真摯だった為、『友達ならいいかな』と思ったこともあり、差し出された手に己の手を重ねた。

「ありがとう」

 ドロシーはニコルが重ねてくれた手が嬉しくて仕方がないように見えた。


 リリアージュはそんな二人を微笑ましく思い眺めていると、「コホン」と向かいに座っているフィンが軽く咳払いをし、「約束していた物だが、一応確認してもらえるか?」と言って、持っていた紙袋を差し出した。


「あっ、はい」

 リリアージュは紙袋を受け取り、その中身を確認すると、

「――っ!!」

 そこにはビックリするくらい高そうな瓶に入った葡萄酒が1本入っていた。オリヴァーはあま飲まないけれど、近所の人から貰ったと言って飲んでいた物とは比べ物にならない程高そうに見えたのだ。


「あの……こんなに高そうな物でいいんですか? もっと安くて手頃な物でよかったんですけど……」

「……? いや、別にそんなに高いものではないんだが」

「そう……なんですね」


 リリアージュとしては手土産としての形だけあればいいと考えていたので、安物で十分と予め伝えていたと思っていたのだけど……これが価値観の違いというものなのだろうと思うこととして、確認を終えた物を返却した。加えて、昨日は数本用意して欲しいって伝えたと思ったけれど、あえて突っ込まないことにした。

 ニコルはというと、自分の話題ではない為興味がないのか、いつの間にかまたリリアージュの膝の上で丸まって横になっていた。

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