第5話 解明に向けて

 ジルフォード少年がただ眠り続けているだけの状態とはいえ現状何の手立ても無ければ、食事を十分にとることが出来ない――いずれ衰弱死となってしまうのは時間の問題だろう。

 けれども現状ではリリアージュ自身にはお手上げな状態。そしておそらく他の者でもそうだろう。けれども……、

(先生なら夢と繋げれるかも? 夢魔じゃなかったとしても、爺様達なら何か知ってるかも?)

少なくとも今のリリアージュ達よりも何らかの手段を持っている可能性があった。

(私の意地と人の命は比べられない)

 そう考えていた時、寝室のドアが開きオズワルドが執事長と共に帰ってきた。


「変わったことは無かった?」

「はい、やはりこれと言った異常は無いようです」

「そうか……」

 ドロシーの報告は一見悪い内容ではないものの、現状の進展には繋がらない事が科学方面での証明されたのだ。


「あの、一つだけいいですか?」

「あぁ」

「先程今の私では交渉手段がないと言いました」

「言っていたね」

「うんうん」

 オズワルドとドロシーはそれぞれ頷く。


「でももし、私以外にその手段もっている可能性がある方達が居たとしたらどうしますか?」

「――っ! そんな人が居るのかっ!!」

 オズワルドは驚愕したかのように目を見開いて尋ねた。

「……正確には、人ではない方も居るかもです」

「それってどういう意味なの?」

 ドロシーも同様に驚いている様子だ。

「相手は……魔女と妖精です」


***


 ジルフォード少年の命を助けるためには、先生と爺様達の協力が居る。先生と爺様達の協力を得る為に、リリアージュはまず彼らに説明する必要があった。次に家出している身のリリアージュは爺様達に謝らなければならない。リリアージュ自身にとっては意地もある為、出来ることなら今戻るのとは避けたかったが、やっぱり命には代えられない。


 意を決して、リリアージュは自分が城下町の東の森の中にある妖精の集落出身であること。その集落の端に緑の魔女と呼ばれる人が住んでいる事。そして彼らなら、この状況を打開できる手段があるかもしれない事を、家出の事には一切触れずに、嘘を付かない範囲で話した。


 リリアージュの話をドロシーは翡翠色の瞳を輝かせて、オズワルドはまるで信じられないことを耳にしたかのような顔をしながら聞いていた。

「それって、見えない私出もその妖精の集落に行けたりするの?」

「集落の周りには、基本的に見えない者や邪を通さない結界みたいなものがあるので、どうしても入りたいなら、先生――緑の魔女や爺様達に結界の例外のような措置を取ってもらう必要があったと思います。それにたとえ見る力が無い者でも、見せる側からの働きかけ等、条件が揃えば見ることは可能だと思います」

「じゃあ、例外措置をとれば入れるんだ~」

 心なしかドロシーの瞳が一段と輝きを増したように感じた。


「その集落の位置にもよるけど、今から東の森へ行くのはちょっとな……」

オズワルドがそう言って柱時計に目を向けると、そろそろ午後四時半になろうとしていた。確かに今からではその森に入る頃には丁度日暮れの頃だろう。

 けれども早いに越したことはないと思った。


「早い方が良いと思いますし、慣れ親しんだ所なので私なら多少暗くても大丈夫です。それに夜目だったらニコルに頼めば何とかなるかと」

「いくら慣れてたところとはいえ、夜に女性一人で森に入らせるわけにはいかないよ」

 なので時間が惜しい気持ちを伝えたが、と、オズワルドから明日にするように促された。隣では、「うんうん」とドロシーが首を縦に振っていた。

 それにしても、昨日はゼンに子ども扱いをされて無性に大人げなく怒ってしまったが、それとは反対に心配するような声掛けされると悪い気はせず、なんだか照れるものであった。



 結局、集落に行くのは明日の朝迎えに来てからと言うことで話がまとまった。本当は先に行って、家出の件について彼らの耳に入らない様、念入りに口裏合わせの時間が欲しかったのだが……そこは妥協するしかなさそうだと思った。

 話がまとまった所で、リリアージュはふと思いついたことがあった。

「ドロシー、何か小瓶とかもってる? できればハサミもあると助かるかも」

「これならあるけど?」

 ドロシーはそう言って、カバンから手のひらサイズの試験管と携帯用の小さなハサミを取り出した。

「うん、ありがとう」

 リリアージュは試験管を受け取りお礼を言った。


「何に使うの?」

「ちょっと思いついたことがあって……」

 そう言ってリリアージュはジルフィード少年に近づき、ジルフォードの髪の毛を数本切って試験管の中に入れた。

「髪の毛なんてどうするの?」

「私は術は使えないんだけど、先生なら使えるから。材料は多いに越したことないかなと思って」

「なるほどね」

 リリアージュの簡単な説明にドロシーは納得した様だった。おそらくだけど、魔術師の兄を持つが故に、こういう事に若干慣れているのかもしれないとも思う。


「ところで、それはまだ付けたままなの?」

 “それ”とはヘンテコなヘルメットやドロシーがコンピューターと呼んだ物の事だ。

「一応丸一日は経過観察の為、記録を取ろうかなと思うから今日はこのままかな」

「そうなんだ……」

 そう言いながら、リリアージュは髪の毛入りの試験管を、出かける時にいつも身に着けているお気に入りのポシェットの中に仕舞う。

「二人共ある程度終わったのなら、今日はそろそろ帰ろうか」

 オズワルドの言葉を最後に、リリアージュ達三人はこの屋敷を後にした。

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