第4話 フィルギャ
***
ずっと昔の話――私達は孤児院で育ったの。
たとえ両親が居なくても、私にとっては兄さんが居てくれればそれでいいって、本当にそう思っていた。
そう、思っていたのに……あの日、兄さんに養子縁組の話が舞い込んできた。
――受けないで欲しい。
そう思っていたけれど、強い魔力を秘めた兄さんにとって、孤児院で暮らすよりも、ちゃんとした教育を受けさせるべきだという意見が多くあった。そんな話に加えて、養子縁組をするなら多額の寄付金を院に出す話まで出てきた。
この孤児院が国からの支援で成り立っているとはいえ、お世辞にも裕福な暮らしとは言い難いのが現実だった。お金があれば、もっとおいしい物が食べれる。綺麗な洋服が着られる。勉強に使う文具も新しい物が買える――揚げ出したらキリの無い程にメリットしかなかった。
だから妹である私の意見も、兄さんの意見も何もないかのように、話はとんとん拍子に進んでいった。
そしてその日はやって来た。
兄さんが院を出ていく日だ。
私はその姿を見送りたくなくて、院の裏の山にこもった。
その裏山は小さな山で、院の幼い子ども達にとっては定番の遊びだった。
本当は山で遊ぶなっていつも言われていたけれど、院の子ども達にとっては暗黙の了解でいつもその禁止を破っていた。
けれど、その日はまるで私の心を映したかのような日で、山に入ってから大雨が降りだした。雨に濡れてしまってはどうすることも出来なかった。
意地を張っても仕方ないから、院に戻ろうとしたけれど、いくら慣れ親しんだ子どもの遊び場と言えど、悪天候にはかなわない。歩いている途中で足を取られて転んだと思ったら、崖から落ちたようだった。
もうその時は痛いし、土まみれで汚れちゃったし、本当に独りぼっちだしでざんざんで、泣く事しかできなくて……でもその時私の目の前に妖精が現れた。
少し透けてたから幽霊かもしれないし、なんだか少し動物っぽいなとも思ったけど、私おとぎ話が好きだったから、妖精と思うようにした。
そしてその時の私は一人じゃないなら誰だって良かったの。直接声が聞こえたわけじゃなかったんだけど、その妖精は私に『付いて来い』って言ってるように思えて、必死についていった。
初めは私が見失わないようにゆっくり歩いてくれてると思ったんだけど、何故か段々スピードが速くなっていて、私は置いて行かれないように必死に追いかけている。
でも気付くとその妖精に追いつけなくなったかのように見えなくなっちゃって……一人になった寂しさで、うずくまって泣いていた。そしたら――、
「今日は皆で、食堂でお別れ会をするって言っていたのに、お外にいるなんて……」
後ろから声がしたと思ったら、不機嫌な物言いをする院長先生がそこにいts。
そう、私は気付いたら、自分で院に戻って来ていた。
その後妖精の事を聞いたけど、誰も本気にはしてくれなかった……そしてその妖精とはそれっきり。
――その後、魔術に関しては才能が無いと言われたけれど、たった一人の家族である兄と離れることが耐えられなくて、エプスタイン家に乗り込み自分を売り込んだ後、魔道具技師になったのはまた別の話。
***
ドロシーはここで一旦話を切ってリリアージュに向き直って改めて話し出す。
「でも、あなたは妖精の事を信じてる――私ね、あの時の妖精にもう一度会ってお礼を言うことが夢なの。だからどんなに笑われたって馬鹿にされたっていい、私自身に見る力が無いことは分かっているから、いつか見ることの出来る様な道具を作りたいとも思ってるの。でもちっとも簡単じゃないのよね~これが。だから……何もしなくても見えるあなたが少し羨ましいな」
ドロシーはこんな事話したの、兄さん以外はじめてかもっと笑いながら話してくれた。
そんなドロシーの話を聞いて、こんなにも妖精を好きでいてくれる人が居ることに嬉しく思う。そしてもう一つ、ドロシーの話に出てきた“幽霊”と“動物”というワードに引っかかる。
「――“フィルギャ”?」
「何それ?」
「多分だけど、ドロシーが見た妖精って“フィルギャ”の事だと思う」
――フィルギャ、それは人の前に現れてたびたび忠告をしたり、危険が近づいていることを教える人に付き添う霊的存在。
一般的な妖精と異なり、元は人の霊魂――つまり先祖が特定の人物や一族のために守護霊のように付き、動物の形を取って夢や現実世界に現れる存在の事だ。
「そっか……、私家族は兄だけだと思ってたけど、そうだとしたらちゃんと見守ってくれる家族が居たんだね……」
そう言ったドロシーの目には少し涙が浮かんでいるかのように見えた。
(家族か……)
そしてリリアージュは、喧嘩別れをしたきりの集落の皆を思い出していた。
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