第2話 託された仕事

 本日フィンから託された仕事は、これからオズワルドとドロシーと共に、とある館に行って話を聞いてくることだった。

(話を聞くだけなら私じゃなくても)

 そう切実に思うも、それを言う身分も状況も無いので、二人と一緒にとても立派な箱馬車に乗り揺られながら考えていた。

 仕事と言うのなら、前もってどのようなことをすればいいのか、あらかじめ聞いておきたいと思いオズワルドに尋ねてみたものの「着いてから頼むから」などとあいまいに濁されてしまった。


 ならばと、リリアージュは今まで年の近い同性の友達が居なかったこともあり、この仕事とは別でドロシーと仲良くおしゃべりというものをしてみたかった。

「ドロシーさん、魔道具ってどういう仕組み何ですか?」

 けれども同世代の子たちの好む話題が分からず結局、相手の仕事の話題しか振ることが出来ず、対人コミュニケーション能力の低さが恨めしかった。


「ドロシーで良いよ。「さん」付けされるは慣れてないので逆に困っちゃうし、あまり丁寧な言葉遣いで言われる事もね~」

「それじゃあ、ドロシーと呼ばせていただき――呼ぶね。私の事はリリと呼んでください」

「じゃあ、私もリリって呼ぶね」

 けれど、ドロシーは敬称は要らないと照れた様に話す。その気さくな感じがリリアージュには有難かった。


「魔道具の仕組みって程の事じゃないですけど、多くの魔道具には核と呼んでいる魔力を秘めた魔石、または魔石を模して魔力を込めて造られた魔力石を原動力として、そのエネルギーを引き出したり変換したりして、使うことのできる便利な道具といったところですね。私たちは主に、エネルギーを引き出すにあたってより効率の良い方法はないか? とか、日常生活の中でもっと画期的に便利になる物はないか? とか考えたりしながら日々研究を重ねています」

 そう言ってドロシーはリリアージュの質問について答えてくれた。


 森の集落で暮らしていた時は、魔道具なんてものはほとんどなく無く――あってもとても古い形の物ばかりや、そもそも魔道具無しでも皆それぞれ役割に合った魔法を使用していた為、魔道具を実用出来る場面がほとんどと言っていいほど無かった。

 なので城下町に住んで以来、簡単な操作で明かりのつく物だけでなく、食べ物を常に冷室保存し続けることのできる物や逆に温めることのできる物、衣服の洗濯をしてくれる物など魔法を使わずとも非常に便利に生活できることに感心したのだ。


 そもそも集落の皆は魔法を当たり前の様に使っていたが、城下町の一般の人々にとっては魔力の有無は半々程度であるということだ。加えて魔力を持っていたとしても、目に見える形として事象を起こすこと――つまりは水を出す、冷やす、燃やすなどは出来ないのが一般的であり、そういうことを出来るごく一部の者を魔術師などと呼ぶそうだ。


「でも改良はともかく、全くもって新しい物など今までにないものを作ろうとすると結構難しく息詰まることもしばしなんですよ」

「大変なんですね」

「大変? いいえ、と~っても遣り甲斐があって楽しいんですよっ」

「すまない……妹は、ドロシーは根っからの研究者気質なんだ……」

 その後も目を輝かせながら嬉々として力説を繰り返すドロシーを横目に、オズワルドは申し訳なさそうな表情をしていた。


***


 そんなドロシーの熱弁を約小一時間程度聞いていると、目的地へ到着した様で馬車が止まった。着いたのはこれまた見たこともないような立派なお屋敷だった。庭の手入れはさることながら、門から館の玄関までも道もしっかりと整備されていた。

 最初に降りたオズワルドに続いて、ドロシーはとリリアージュは順に馬車を降りた。またリリアージュは今まで気づかなかったが、ドロシーは馬車に置いていたであろう大きなトランクを大事そうに持っていた。


「ようこそお待ちしておりました」

 馬車を降りると身なりの良い黒い燕尾服を着た老人が、そう言って礼を尽くしながら出迎えてくれた。そのままリリアージュ達は立派な客間に案内された。診療所の客間とも、昨日の屋敷の客間とも異なり、テーブルやソファの豪華さだけでなく壁紙や床、天井に至るまであちらこちらに職人の技が光っており、それが逆に落ち着かない気持ちにもさせる部屋だった。


 三人は「どうぞ」と促さるままにソファーに腰を下ろす。燕尾服の老人の指示で女中と思われる年配の女性から、前もって準備していたのだろう香りの良い紅茶と、美味しそうなショートケーキが振舞われた。

「この度はわざわざお越しいただき誠にありがとうございます。私はここアストレイ公爵家にて執事長を務めさせていただいておりますエドガーと申します。そしてさっそく本題なのですが……今回皆様にお越しいただいたのは、ジル坊ちゃんの件なのです」


 エドガーと名乗った老人は、アストレイ公爵家の令息である、ジル坊っちゃんことジルフォード・フォン・アストレイについて説明する。

 その話を要約すると、ジルフォードが数日前から悪夢にうなされるようになったとの事。初めは誰もあまり気にしていなかったのだが、本人は寝ることに怯える様になり、そしてとうとう今日は目を覚ますことなく眠り続けているとの事だった。


「医者にも見ていただいたのですが、眠っていること以外に異常はないとの事でした」

 エドガーは俯きながら、時に涙ぐみながら現状を説明した。隣にいる年配の女中も口を手で押さえ、声を殺して涙ぐむ。そんな彼に、オズワルドは真剣な表情をして告げる。

「顔を上げて下さい、自分たちは陛下の命で出来る限りの最善を尽くすために来ました」

 

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