第3章:眠れる少年
第1話 予想通りの来客
昨日の非常に濃い体験のせいで、
(あまりよく眠れなかった……)
あの天使は私の事を、混ざっているとも同族とも言っていた――つまりは私の事を知っている、もしくは探る力があるということだ。
私は私自身の事について詳しくは知らない――知りたいと思ったこともあったけど同時に、いやそれ以上に知ることが怖いのだ。だからこそ、正直これ以上関わりたくはないが、そうは言っていられない理由がある以上、ある程度は決心をしなければならないことだった。
今はこれ以上考えても仕方ないと割り切って、とりあえずベッドから起き出して鏡をみるが、クマが付いていないことが幸いだろうか。
『どうしたの?』
ベッドの横でうずくまる様に寝ていたニコルを起こしてしまったらしい。
「何でもないの。起こしてゴメンね」
『うんん。もう朝だね』
「そうね……そろそろアイツが来るかも……」
アイツとは、昨日面白半分で色々と首を突っ込んだり、人を勝手に子ども扱いする失礼な奴――ゼンの事だった。
『悪い奴ではないと思うケド……オレ、アイツ苦手かも』
「そうね……私も、悪い人ではないと思うけど……物凄くいい人でもないと思うわ」
ニコルは怪訝そうな眼をし、リリアージュもニコルの意見に賛同した。
そろそろ着替えて準備をしないと朝の日課に支障をきたす為、急いで動きやすい作業着に着替え、長い髪を手櫛ですいた後、ゴムで軽く一纏めにした。
『どこに行くの?』
「畑仕事。朝ごはんの後だけど、ここ最近の仕事件日課なの」
そう言って、着替えのワンピースやタオルを準備する。
リリアージュはここの診療所で森での生活で得た知識を生かしながら、主に受付と調剤等を担当していた。畑仕事は本来同僚の仕事であったが、数日前より里帰りの為帰省している同僚に変わってその分をこなしている。
「ニコルも来る?」
『……うんん、オレはいいや……もう少しここで寝てるよ』
一応声を掛けてみたものの、昨日の疲れがたまっているのか、また立場上遠慮をしているのか、少し間があっての返答だった。
「じゃあ、後で部屋にごはん持って来ておくね」
『……うん、お願い』
昨日帰宅した際、ここのオーナー夫妻であるオリヴァーとエミリアに、猫だと思っているニコルの事を尋ねたら、衛生面上の関係もある為、患者らが来る医務室や薬室等に気を付けてくれれば……とやんわりながらも立ち入り制限の厳守を条件に居候を許可された。当の本人は、『猫じゃないもん』とぼやいていたものの、納得はしていた様子だった。
リリアージュはそんなニコルを部屋に残して軽く朝食を食べ、約束通りニコルの分を部屋に運んだ後、いつもの様に作業に勤しんだ。
そして一通り水やりや、余分な雑草取りなどの作業を終えた頃、
「リリちゃんっ、お客さんが来てるわよ」
エミリアが薬草畑横の裏口から知らせてくれた。
「お客さんて……思ったよりも早い登場だことで」
まだ昼と言うには早い時間だ。少しだけ予想していたこととはいえ、考えていたよりも早い来客に思わずため息が出る。
「今から着替えて準備しますので、少し待っててもらうよう伝えてもらってもいいですか?」
「いいけど……ホントこんな良い知り合いが居たなんてビックリだわっ」
とエミリアは微笑みながらこの場を後にした。
(知り合いと言うには語弊があるような……)
そう思いながらもリリアージュはいつもの様に作業着の汚れを簡単に落として裏口から室内に入り、あらかじめ準備していたワンピースに手早く着替えて身なりを整えた。
ここの診療所は、表側の一階に外来患者を診る医務室と受付件販売所となっている薬局があり、その裏には保管室と調剤室がある。またその奥にはオリヴァーの趣味の書斎と、簡単なダイニングキッチン、シャワーにトイレといった水回りに加えて、作業着からの着替えに利用している物置部屋と小さな客間がある程度だ。
二階には間借りしている部屋と同じ造りの部屋が数室と夫妻の部屋、常に“絶対に立ち入り禁止”の札が掛かっているエミリアの趣味の部屋がある。
そんな建物裏手に作られた広めの薬草畑は、奥手に小さいながらもビニールハウスや道具をしまう小屋や井戸まであり、一応ながらも地価の高い王都にあるものとしては信じられないくらいの広さを誇っていた。
夫妻曰く、「どうしても広い畑を横に作りたかったから、王都とは言ってもさすがに広い土地となると町の端でないと難しかった」とのことだった。
「失礼します」
リリアージュは客間の入り口のドアを軽くノックしてドアを開けると、思いもよらなかった人まで目に入り、ギョッとした。
「……どうして、ここに――」
いるんですか?
そう言いたかったが、ようやく紡ぎ出た言葉は、あまりの驚きに最後まで発することは難しかった。
客間で待っていた客人は昨日の悪縁ともいうべきゼンに加えて、もう会うことは無いだろうと勝手に思っていたフィンとオズの三人ともう一人、初めて見る少女が居た。
テーブルを挟んだソファーの一方にゼンとフィンが、もう一方にオズと少女が並んで座っており、少女のみ出されたティーカップに口を付けているところだった。
「えぇ~と、私は初めましてだよね。私は、王宮で主に魔道具の設計・開発・製作等に携わっています、魔道具技師のドロシー・エプスタインと言います」
少女はそう言ってカップを置き、立ち上がった後、リリアージュに向き直って頭を下げた。
ドロシーと名乗った少女は栗色の髪と翡翠色の瞳をした少女で、少し癖のある前髪を横に流し、後ろはひとまとめに結んでいた。
「はい、私はリリアージュと言います……えぇっと、皆さんはどういったご関係で?」
(そしてどのような御用件で?)
リリアージュは一応軽い会釈と共に名乗り返し、素朴な疑問の一つを投げかけた。
「それは俺から説明しよう。先日は世話になったな。また昨日の件では、部下が非常に迷惑をかけたな」
リリアージュの問いにフィンが口を開く。実際に先日世話になったのはリリアージュの方だが、昨日の件とはリリアージュが寝不足の原因となった天使の件だ。
「俺は王宮で役所勤めをしていて、俺たちの部署は主にちょっと変わった案件を一手に請け負っているのだが……昨日の件で当事者でもある君にはご協力を頂きたく伺ったんだよ」
“協力を頂きたく”なんて言っているが、直訳すると“手伝え”ってことだ。
「と言うことで改めに自己紹介を。俺はフィン・ボールドウィン、そしてこちらがこの度厄介なことをしでかしたゼン、向かいに居るのがオズことオズワルド・エプスタインで、王宮魔術師でありドロシーの兄だ」
遠慮したい言葉を紡ぐ間もなく、さも当たり前の様に自己紹介を並べてきた。
(兄妹なのか……通りでよく似ていると思った)
兄であるオズことオズワルドは優しそうな面立ちで、対して妹であるドロシーは活発そうな面立ちをしたいたが、どちらも目元がよく似ていると思ったのだ。
「で、さっそく本題なのだが、昨日の件に関しては既に人を派遣して調査を進めている。こちらはその進行具合によって行動となるが、その間こちらの仕事を手伝ってほしいと思ってな」
確かに昨日の件の当事者である私は、手伝う義務も約束もしているので、その件に関しては仕方ないとは思っているが、その件以外の事など論外だと思っていた。
「こちらの仕事とは?」
思っていたが、一応尋ねてみた。
「先ほども言ったように昨日の件に人手が割かれてしまい、通常業務が疎かとなっているんだ、それでも早急に解決しなければならない案件も多い、まさしく猫の手も借りたいという具合にな」
「猫と言えば、昨日の猫ちゃんは?」
フィンからのもっともな説明に、“猫”というワードを聞いてゼンが口を挟む。
「その呼び方は怒られますよ。ニコルなら部屋で寝てます……そして、理由は分かりました――で、私は何をすればいいんですか?」
リリアージュは肩を落としながら観念するしかなかった。
それからリリアージュは、エミリアがいつの間にか用意してくれた昼食をここに居る四人と取りながら、今後の仕事の話をした。
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