第8話 彼の屋敷をあとにして

***


 そうこうしている間に、気付けばもう夕暮れ時となっていた。

 徐々に日が落ちるのが早くなる季節なので、リリアージュとしては暗くなる前に、そして心配をかける前に帰りたかった。

『ねぇどこに行くの?』

「そろそろ帰ろうと思って」

 リリアージュは大変不本意ではあるが、この件に関して出来る限りの範囲内で、努力と協力することを約束した後、そろそろ帰らないと……と思って、屋敷を出ようとしていたところに、ニコルに話しかけられた。


『オレも付いて行っちゃダメ?』

「いいけど……どうしたの?」

 ニコルは時々この屋敷に遊びに来る程度と言っていたので、他に帰る場所があるのでは? と疑問に感じてしまう。

『今日は一人でいたくないんだ……』

 その言葉に、ハッとなる。

(そっか……一人は嫌だよね……)

「一緒に帰ろうか」

 そう問いかけると、『うんっ』と明るい返事が返ってきた。


「帰るなら、送っていくけど」

「このくらい一人で帰れますよ?」

 ゼンが当たり前の様に言ってきたので、やんわりとお断りをする。

「イヤイヤ、こんな時間に子どもを一人で帰すなんてさ――大人としてはちょっとな……」

 子どもに厄介な仕事を手伝わせようとした人の言うセリフではないが、一つ訂正を。


「……私、子どもじゃないですよ?」

「イヤイヤ、子どもは皆大抵そういう事を言うんだよ」

 そう言ってゼンはリリアージュの髪をくしゃくしゃするように撫でた。もう完全な子ども扱いだ。


「……本当に失礼なっ、私十八ですよ!」

「えっ? うそっ!?」

『そうなのっ!?』

 リリアージュはゼンの手を振り払い、ムスっとした態度で告げると、双方から驚きの声が上がった。

「ニコルまで!? 酷い!」

「俺てっきり、十五、六歳くらいかと思ってたわっ」

 リリアージュがくしゃくしゃにされた髪を手櫛で整えていると、ゼンが指を顎に当て「ん~」と声を出しながら、まるで値踏みをするかのように、まじまじと観察してくる。


「なっ、今度は何ですかっ!?」

「イヤ~、十八か~。それならアリなのかもなって――」

「何がアリなんですか? それと人をあまりジロジロ見ないでくださいっ」

「じゃっ、行きましょうか?」

「ちょっと、ちゃんと人の話聞いていたんですかっ!?」

 リリアージュは身震いしながら、ゼンと少し距離を開けるようにしていると、ゼンは人の話を完全に無視した様子で、当たり前の様に仕切っていく。


「聞いてたよ。そもそも普通に考えてさ、こんな時間に女性を一人で帰らせること自体ダメじゃない?」

「今まで、そうは思ってなかったくせに……」

 正当な理由ではあるが、これまでの経緯が経緯なのでイマイチ納得が行かないリリアージュだが、口でゼンに勝てる要素を見つけられず、結局折れることにした。

こうして、今日も濃い一日をようやく終えた。


***


「で、おまえは面白半分で首を突っ込んだら、事態をややこしくして、結果余計な悪害を振りまいたと?」

「ん~、概ねその通りだな~」

 今日の出来事を主に一通り報告すると、今まであまり見ない様な険しい顔をしたかと思えば、額に手をつき溜息を漏らした。


「あまりシワを寄せると、せっかくのキレイなお顔が台無しですよ~」

「誰のせいだ、誰の?」

「俺のせいですね~」

 ただでさえ、忙しい主の手を取らせるのはさすがに申し訳ないと思うが。


「でも、ある意味不可抗力ってやつでしたよ?」

「不可抗力? 何がだ?」

 どの口がそれを言うのだと目でも訴えられる。


「さっき話したでしょ?ほら昨日聞いてた妖精の云々の子。あの子がさ、偶然を引き当てちゃったんだよ」

「人のせいにするなっ! そもそもおまえが手を出さずに堪えていれば良かっただけの話だろ?」

 非は自分だけでないことを説明するも簡単にはいかない様だ。


「まぁ~そうなんだけどさ~、起っちゃったことは仕方なくない?」

「まぁでも、おまえの事だから、今後の計画もちゃんと考えてあるんだろ?」

「その為に報告・相談したんですよ~」

「はぁ、相談はまだこれからだけどな……」

 真剣な眼差しで問われた俺は少しばかり口角を吊り上げて、普段からは考えられないくらい、それなりに真剣に話すも、またも溜息をつかれてしまった。

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