第7話 隠していた物

『あらヤダ、もう少しで鬱陶しいそれを消して貰えたのに、ホント残念だわ――』

「――っ!! 誰っ!?」

 突如後方から、クスクスという笑い声と共に澄んだ声がした。


 慌て振り返ると、痩せた男性を首の後ろから優しく包み込むように抱きしめる、長く揺らめく金髪に金の瞳を持った女性がふわりと宙に浮いていた。その背には、純白の大きな羽根が一層、光輝いているかのようだった。

「そんな……天使っ!?」

 その光景に絶句するリリアージュとは対照的に、他の者はそんなリリアージュの反応にそれぞれ驚いている様子だ。


『あら? あなたは私が見えるのね?』

「――っ!!」

 そう言うと天使は痩せた男性から離れて、リリアージュの目の前に飛んできた。その為リリアージュは咄嗟に後ろに後ずさるも、

「おいっ、どうしたっ!?」

 よろけたと勘違いしたゼンに支えられた為、これ以上の身動きが取れなくなってしまった。天使が男性から離れた際、男性は意識を失ったかのように体勢を崩し倒れかけるも、隣にいた中年の男性によって支えられ、初老の男性はそれを驚いた表情で見ていた。


『あなただって、には気分を害されたんでしょ? なら同類じゃない?』

天使は無邪気な笑みを浮かべながら、だからを消してと訴えてくる。天使の言っているアレとは、おそらくリリアージュも影響を受けた外側に描かれた撹乱の魔法陣の事だろう。

『私はアレのせいで、ココから先には入れないの。……でも、あなたは影響を受けているのにどうして入れるのかしら??』

 尚、人差し指を顎に当て、首をかしげながら聞いてくる。


『あらっ? あなた……のね……』

 ふと天使の手がリリアージュの頬をなでると、先程の笑みを浮かべた声色とは変わって、研ぎ澄まされたような鋭い声と金色の瞳に、一瞬囚われたような錯覚を感じた。

「あなたに私の何が分かるのっ!?」

『ムキになっちゃって、あなた以外にとっては、私は存在しない者なのよ?』

 リリアージュは思わず天使に叫ぶが、天使はふわりと宙に舞い余裕のある笑みを浮かべながら、簡単にあしらわれてしまった。


「おいっ、大丈夫かっ!?」

 ゼンは支えたまま様子を気にかけ、ニコルは不安そうな顔でリリアージュを見上げる。また三人の男性達は、その内の倒れた一人の介抱の為こちらに余裕は無い様子にも見えた。


「私は大丈夫です。早く戸を閉めてここから出ま――」

 リリアージュはゼンの支えを解いて、「ここから出ましょう」と出口の階段を目指しながら言おうとしたところで、

『ダメよ』

「――っ!!」

 冷たく刺すような天使の言葉にかき消された。


 そして今度はリリアージュではなく、姿を捉えることのできないはずのゼンの目の前に現れ、その金色の瞳で琥珀色を見つめる。

『さぁ、アレを消して』

「ダメっ!!」

 天使がそうつぶやくとゼンは魔法陣へ歩みを進め、右腰に付けている帯剣を左手でスッと抜き取る。すぐに止めようとするリリアージュの叫びに、ゼンが我に返るも間に合わず、三重となっている円に垂直に傷を入れた。


 その瞬間、あれほどまでに青白く発行していた魔法陣は光を失い、暗闇に包まれた。

『やっと手に入れたわっ。後はあの日が来るだけ』

 そして歓喜の声がした。

『じゃあね小さなさん、コレは貰っていくわね』

 それっきり天使の声も気配も完全になくなった。


「俺は一体どうして……」

 自分の身に起こった出来事に戸惑っているゼンに、リリアージュは彼が天使に操られて、出し抜かれてしまったことを伝えた。

『大丈夫か?』

 今までゼンに対して、あまり良い印象を持っていなかったニコルもさすがに心配した様子で言葉を掛ける。

 一方三人の男性達はというと、倒れた痩せた男性の意識は回復したものの、何が起こったのかさっぱり状況が呑み込めていない様子だった。

 そして、ここに留まっていてもどうしようもないことだけは確かなので、一旦書斎へ戻ることとなった。


 ようやく暗い地下から解放され、皆が日光が差し込む書斎に出た後、リリアージュはゼンに地下室での出来事の詳細を求めてきた。

 あんまり厄介事には関わりたくはなかったが、ここにいる皆は既に当事者となってしまっているので、その要求から逃れるすべを持たないリリアージュは、自身にとって都合の悪い所以外は正直に話した。


***


「つまりは、この屋敷の主人は隠していた曰く付きの物を天使の手に渡らないように隠していた。遺言にあったこの屋敷から出してはいけない――加えて屋敷を壊してはいけないってのも、天使の手に渡らないようにする為のことだったけど……俺が面白半分でかき回した結果……天使に取られたと――」

 腕を組みながら、これまでの経緯を簡単に纏めたゼンは、「これって、かなりやばいパターンだよな~」とぼやく。


「あの天使は、『後はあの日が来るだけ』と言っていました。あの日が何時の事かは分かりませんが……その日が来るまでに何か手を打った方が良いかと」

「でもな~、天使なんて見えないし」

 ゼンは横目でジロリとリリアージュを見る。その目はまるで、“お前のせいでもあるから手伝え”と言われている様だ。


「……父がわざわざ遺言を残したのなら、もしかしたらこの屋敷の何処かに手掛かりとなる資料とかないでしょうか?」

「ん――初めから探していたのは“物”だったから、俺たちも書類なんかには目もくれてないからな――この量を今更読む気はしないけど……」

「でもここの書物の多くは、そう簡単に読み込めるものじゃないと思うけど――何もしないよりはマシなのかな?」

 初老の男性に続いて中年の男性、そして痩せた男性が口々に意見を述べた。


「それは……私も手伝えと?」

「当たり前のこと聞くかな~」

 おそろおそろ尋ねてみたものの、結果は嫌々ながら予想していた通りの物だった。正直に言えば、自分と同族だと言ったあの天使とは関わりたくなかったのだが、“見える”ことの出来るリリアージュが外れることは不可能だった。


「ん~、書物に関しては城勤めの文官と術師達に頼まないとね――仕事増やしてって怒られそうだな~」

「仕事っ!!」

 ゼンのぼやきの後半に反応したリリアージュは、思わず声を荒げてしまった。

 最後の配達先でのここでのことは大丈夫だが、住み込みで働かせてもらっている以上、自分勝手な私用で抜けるわけにはいかないと説明すると、

「ならその合間を縫ってくれればいいよ。もしくはこっちで適当に話付けるからさっ」

 などと軽い口調で返された。

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