第6話 隠された部屋
そんなゼンに続いて、ニコルを抱きかかえたリリアージュ、初老の男性、中年の男性、痩せた男性の順で階段を降り始めた。
地下室絵と続く階段は、屋敷の隅である書斎の端から、屋敷の中央へ向かっての一本道だったが、地上の光を取り入れる場所が無い為暗く、またひんやりとしていた。
加えてリリアージュは、屋敷の入り口でわずかに感じた異質な空気が下へ降りるほど濃く、重くなっている感覚に苛まれた。その空気について正直に言えば……、
(嫌な感じ……少し気持ち悪いような? うんん、それだけじゃない……気持ち悪いと言うより恐い?そして何かに圧迫されるような強い力?)
上手く表現できないが良いものでないことだけはしっかりと分かった。この力正体――つまりはその源たる物が、この屋敷の主が息子に託した曰く付きの物なのだろうか。
リリアージュの前を行くにもかかわらず、居心地の悪そうな様子に気付いたのか、ゼンが振り返り「大丈夫か?」と声を掛けてきた。
「大丈夫です……」
と力なく返答し、それとなく他の人達の様子を見るが、皆特に変わった様子は見受けられない。その為、この異質な空気を感じ取っているのが、おそらくリリアージュだけだということだ。
そうこうしていると階段も終わり、そこには目の前に簡素な造りのドアが一つあるだけの広い踊り場程度の空間に出た。
「開けるぞ」
全く躊躇することなく、ゼンがドアノブに手を掛け、ドアを開ける。
不思議なことに、その部屋の中は明るかった。いや、正確には部屋の中央の床に描かれていた絵が青白く発光している為、今までいた階段の間程は暗くなかったのだ。
その絵は大きな三重の円であり、その中には二つの三角形を互い違いになるように重ね合わせた図形が、さらに外から二つの二重円の間とその周りには古語をさらに崩したような文字が書かれていた。そして重ねた三角形の中に二重になった円とその間にこれまた崩れた文字、そしてその円の中央に時計の針の方な形をした黒い小さな棒が、床にそのまま置いてあるだけだった。この部屋にはそれ以外何も無かった。
「コレが例の曰く付きの物ね~」
そう言ってゼンが初老の男性にランプ手渡してから部屋の中に入り、中心に向かって歩き出そうそしたが、
「だっダメっ! コレは触れちゃダメっ!!」
リリアージュが咄嗟にゼンの左腕を掴んで引き留めた。あまりの慌て様に、抱きかかえていたニコルは下に降ろされるも、切迫している様子のリリアージュを見て『どうしたの?』と首を傾げた。
「えっ、何? どうしたの??」
「あれは……魔女が使う封印の一種です……」
円の外側に書いてあった文字は、字体が崩れている為リリアージュには読むことはできなかったが、あれは昔先生が持っていた本に記されていた魔法陣と酷似していた。
リリアージュはかつて、この王都の東側の森の中にある、とある集落で育った。その集落外れに“緑の魔女”と呼ばれる妙齢の女性が一人で住んでした。緑の魔女はとても穏やかな女性で、子ども好きということもあり、薬草の知識や学問等様々なことを教えてくれた。
集落以外の者と密接に関わることを良しとしない親代わりであったお爺様達も、集落の外から来た彼女に対しては隔てることなく接していた。その為、一緒に育った子どもたちは、彼女のことを先生と呼び慕っており、リリアージュもその一人だった。
ただ残念なことに魔力自体はそこそこあると言われたのにもかかわらず、先生にどんなに熱心に教わっても、先生やお爺様達の様な魔法・魔術の才能は皆無だったようで、何一つ術としては扱えなかった。一方で向上心や知識欲は強く、一般向けでない物ばかりに偏ってしまった知識だが、それなりにしっかりと身に付いていた。
そして、緑の魔女の持っていた本に描かれていた魔法陣と呼ばれる物と、この目の前に描かれている物は酷似していたのだ。
「……魔女? 封印??」
「はい、魔法陣に間違いありませんっ。そして何かを封じているものなので、簡単に触ってはいけません」
切迫したリリアージュの様子に、ゼンを含めた四人と一匹はどういうことか説明を求めた。その説明を聞き、曰く付きの物の曰くを封じる為の封印かと、ゼンと初老の男性は結論付けるが、
「違います……。アレは、あの針自体には何の害もありません、あるのはその外側……封印の魔法陣の外側に描かれたあの文字です」
リリアージュの曰く、あの針を誰かから守る為に施したであろう封印の魔法陣と、さらにその外側には、おそらく特定の者に作用するよう撹乱用の仕掛けとなっていることを説明した。
その為この屋敷の主の遺言通りに、このままにしておくのが一番良いことも。そしてその撹乱に、心当たりは全くないものの、リリアージュ自身にも作用された為、一人異質な空気に気分が悪くなったことは黙っておいた。
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