第5話 書斎と入り口

 初老の男性は「少しお待ちください」と客人に言い残し、部屋から出た直後、

「あの……」

 リリアージュは恐るおそる口を開く。

「んっ? 何??」

「話の流れから、皆さんの探し物を手伝う感じになっちゃいましたが……ゼンさんの用件の方はいいのですか?」

「ん~いいんじゃない? こっちの方が面白そうだし」

「お、面白そうって……それでいいんですかねぇ?」

 何とも締りの無い軽い返答に、何とも言えない複雑な気持ちになった。


 その後初老の男性はものの数分で二人の男性を連れて戻ってきた。一人はメガネを掛けた物静かで優しそうな顔立ちの中年の男性で、もう一人はその男性よりも年若いが影の薄そうなヒョロっとした痩せた男性だった。

「地下室に行くにはどうしたらいいの?」

『あそこの、本がいっぱいある部屋に下に降りる階段があるよ』


 リリアージュがニコルに尋ねると、この部屋と廊下を挟んだ向かいにある部屋を示した。

「あちらにあるそうです」

 後から来た二人の男性も、先程の初老の男性の様にリリアージュとニコルのやり取りを見て、それぞれ何やら物言いたげな表情だが、特に何か聞かれることは無かった。


 そして皆でその部屋に移動する。

 その部屋は先程の客間よりも圧倒的に広い間取りではあるが、家具は先程と同様にシンプルな物ばかりだった。またニコルの言っていたように、部屋いっぱいの本棚とその棚に収まりきれない本が床や机にいくつも所狭しに積まれていた。広い部屋を手分けして探すが、下へ降りる階段はどこにも見当たらない。


「どこら辺か覚えてる?」

『うん、でも……いつもはこの辺にあって、下に降りられたんだけどな……どうして今日は空いてないんだろ?』

 ニコルはこの部屋の中で入り口から一番遠く、且つ死角にとなっている場所に来て床を示した。そのフローリングの床は一見何もないように見えるが、ニコルに示された通り、よく見るとその一角だけ四角い枠が見える。


「ここのようですけど……空いてないみたいです」

 リリアージュは他の皆に分かるように説明した。

 するとゼンがしゃがみ、その辺の床を手の甲でトントンと数カ所ノックするように叩く。

「……? 何してるんですか??」

「あぁ~コレ? こうやって軽く叩くと音がするだろ? で、僅かだけど空間の有無によって音に違いがあるから、まずはその先の空間の有無を確かめようかとね」


「へぇ~」

 音の違いの知識に加えてそれを聞き分けれるなんてと、素直に感心していると、

「ん~やっぱり、言う通りここに入り口があると思うよ。でも、固く閉じられてるから、壊さずに開けるとなると、やっぱり成功法じゃないとね……。この手の物はどこかにスイッチみたいな仕掛けがあると思うけど……」

 ゼンは立ち上がって、それぞれに部屋の中を調べるように指示を出した。

「こういう時、定石通りなら本棚の後ろに隠し通路があるもんなんだけどな……」

 そう言われても、元々の屋敷の構造からは難しい話だった。


 リリアージュはゼンと一緒に、近くの本棚を調べる。本の背表紙には様々な国や種族の言葉で書かれており、この棚の物は主に神話や民話、童話等を集めた物らしい。ニコルが言っていた“おとぎ話を聞かせてもらっていた”というのはこの辺りの書物の事だろうか――と思いを馳せてしまう。となると、大変興味を惹かれてしまうことこの上なく、スイッチ探しよりも本が気になって仕方がなかった。


 そしてこの本棚の本はどれも古めかしい紙質の物ばかりのようだった。古い本の中には、今は廃れてしまった文化や言い伝えが貴重な資料として残っていると聞く。上の段から順に背表紙に目を通していくと、一番下の中ほどに収納されていた、とある一冊の古い本に目が留まる。


「《古妖精と古竜の伝承について》」

 リリアージュはついつい、一旦しゃがんでまで読み上げたその本を手に取ってしまう。手に取った本は、羊皮紙で出来た分厚い本であり、今ではあまり使われていない古語で書かれたものだった。そして読んでみようかとページをめくろうとした時、

「ちょっとサボんなって……えっ? 読めんのそれ??」

「読めないことも無いけど、古語で書かれているので時間が欲しいですね……」

「あ、いや、そうじゃなくてさ……まぁいいや、本より優先することがあるだろ?」

「……そうでした」

 隣の本棚を調べていたゼンによって、残念なことに現在直面している課題に戻された。


 仕方ないので、またしゃがんで本を元の位置に戻そうとした際、

(あれ? 何か変?)

 リリアージュが先程手に取った本があった場所とその両隣数冊に渡って、棚板に違和感があった。すぐさまその段の本を取り出すと、一部外れるようになっている棚板が露わになった。


「――っ!」

 そしてその棚板を外すと、下に窪んだスペースと、その中に手回しハンドルの様なものが出てきた。

「ゼンさん、あったかもです」

 そう言って、ゼンを呼び出てきたものを確認してもらう。

「ビンゴっぽいね~」

 ゼンは楽しそうに言うと、すぐにハンドルに手を付け回し始めた。


 最近まで使用された形跡があったのか、簡単な力で回るとの事。そして4~5回程度回した所で、ガチャンという何か鍵が外れたような音がした。その音を合図に、

 ガタガタと小さな地鳴りのように振動が伝わってくると、目星をつけていた床の一部が少し下がったと思ったら、次はゆっくりと横にスライドしていく。

 そして、次第に下へと続く階段が露わになった。

『コレコレ。ねっ、あったでしょ?』

 ニコルが嬉しそうにリリアージュに話しかけた。


「おまえたち、あったぞっ」

 一方ゼンは、広い部屋と言えど、大きな声で呼びかければ聞こえる為、離れて探している三人へその場から動くことなく、声を張り上げて呼びつけた。

 そして、この場に三人の男性が集まると、「本当にあったなんて……」などと、それぞれ口々につぶやく。


「ん~、やっぱり地下室と言えばアレだな。ねぇ誰かランプ持ってきて」

 ゼンが頼むと、中年の男性がすぐにこの場を離れて数十秒で帰ってきた。

 そしてゼンは男性からランプを受け取り、つまみを回して明かりを付け、

「では、行きますかっ~」

 口元に笑みを浮かべながら先陣を切って、階段を下り始めた。

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