第4話 遺族と客人

「なるほどね~では行きますか」

「……? 行くってどこへ?」

「そりゃ~家の中でしょ? オレ仕事出来たんだし」

 そう言ってゼンは立ち上がると、真っすぐ屋敷の玄関に行き呼び鈴を鳴らす。

「えっ!? 正面からですか!?」

 リリアージュは思わず慌てふためきながら、ニコルはリリアージュに寄り添いながら、ゼンの後についていく。

 ゼンは「むしろ、ここ以外に何処から入れと?」と言っているような表情だ。


 暫くして、中から人の気配らしい足音が聞こえてきた。そしてその後、施錠が解除されたかのような、ガチャリという少しくぐもった音も聞こえてきた。それらの音に続いて、キィという錆た金属音を伴いながら、重厚感のあるドアがゆっくりと開く。


「どちら様でしょうか?」

 屋敷の中から一人の男性が出迎えドアノブに手をかけたまま尋ねた。白髪交じりの髪をした優しそうな顔立ちに見える初老の男性だ。

「えっと……」

「この屋敷の主人であり、考古学者殿の遺言にしたかって、調査と押収に来た城からの使いと言ったところですかね~」

 心の準備が出来ていない為、狼狽えるリリアージュとは別に、ゼンはやけに軽い口調で、はっきりとしない内容を口にする。

『オマエも荒らしに来たのかっ!?』

 ゼンの言葉に、ニコルがやや敵意を露わにして睨めつけながら言うも、リリアージュ以外には全くもって聞こえない。


(あれ? なんだろうこの重い感じ??)

 まあまあとニコルをなだめながらリリアージュは、外からでは分からなかったものの、屋敷の中にそことなく漂う異質な空気に首を傾げた。

「そうですか……お城の方でしたか……。それではもう隠すことはできませんね……」

 初老の男性は肩を落とすようにそうつぶやくと、「お入りください」と屋敷に客人を招き入れた。


 この場合の客人が城からの使いであるなら、自分はいったい何と言えば当たり障りが無いのか悩んでいると、

「ほら行くぞ」

「あっ、はい」

 一緒には居るのが当たり前の様にゼンに促されたので、慌てて屋敷内に入った。

 二人と一匹は、玄関からすぐ右手にある客間へ通された。部屋の中には木目調のテーブルに白いソファー、無地の壁紙に窓にも無地のカーテンといった、重厚感のある屋敷の外観とは似合わないシンプルなものばかりだった。


 初老の男性に「どうぞ」と促され、ソファーに二人並んで座り、リリアージュはニコルを膝の上に座らせた。

「何もお出しできるものが無くて申し訳ありません」

 その動作を確認すると、反対側に男性が座り、口を開いた。

「別に、もてなして貰う為に来たわけじゃないから、さっそく本題を聞きたい」

「何から話せばいいやら……」

「簡潔に話してくれればいい」

「……」

 ゼンの注文に初老の男性は俯き、少し考え込むようなしぐさをした後、顔を挙げて話し出す。


「この屋敷の主人である父が生前の残した遺言がありまして……。父の死後、この屋敷の物のほとんどは国へ寄贈することになっているのですが……」

「それは知ってる」

「いえ、寄贈自体は問題ないのですが、その……この屋敷の中には……、があるそうで。それだけは決して、この屋敷の外に出してはいけないと。また屋敷を取り壊してもいけないと。ですから、城から使者が来る前にその品を見つけて、隠そうと思ったのです……」

『じゃあ、荒らしてるわけじゃないの!?』

「そうみたいだね」


 初老の男性の話が本当なら、この屋敷の主人の息子にあたるわけであり、金品を目的に屋敷を荒らしているわけではないと言うことになる。その為、ニコルがやや驚いた様な顔をして、リリアージュも少し安心した。加えて言うなら、ここには来ていない初老の男性の弟らが父の送り出し――つまりは通夜と葬儀を行ってくれるとのことで、自分たちはなるべく早く目的の物を探し出そうとしたが……、

「で、その曰く付きの物はまだ見つかっていないと」

「そうなります……」


「それは、どういうものなのか?あらかじめ分かっていれば、それ以外を運べばいい」

「それが……分からないのです……」

「分かってて探しているのに、分からないとはどういうことだ?」

 ゼンの言うとおりだ。物を探すにあたっては、探すものを知る必要がある。それは分からない物を探しても、見つからないことと同じだ。


 そして初老の男性は、自分達は普段ここには滅多に訪れることは無い為、それが何なのかも検討も付かなかったこと。また父の身の周りの世話にと雇っていた者がおり、その者にも尋ねたが心当たりは無かったとの事だった。おそらくその者が屋敷の主人の訃報を彼らに伝えたのだろう。

「見た目は分かりません……ですが父は “見るものがみれば分かる”と。また、“時にまつわる物”とも。ですので、術師である息子達と一緒に探していました」

 屋敷内に居るまだ顔を見ない二人の男性の息子の内、一人または二人共術師ということになる。


『それって、下のお部屋にある棒の事かなぁ』

「下の部屋って……地下室のこと?」

 今までの会話を聞いていたニコルが、独り言のようにふとつぶやき、それを正しく認識することの出来るリリアージュが応答した。

『そうだよ』

「棒って?」

『そのお部屋の中心に、光るまぁるい絵と文字、記号があって、その中心に置いてあるよ』

「光るまぁるい絵と文字と記号ねぇ……。それって……魔法陣とか?」

『さぁ、そこまでは知らない』

 事前情報を持つゼンにとっては一人と一匹の会話ではあることは認識しているが、初老の男性にとっては不思議な出来事だろう。何やら物言いたげな表情をしていた。なんせ、少女が独り言――もとい正確には猫と会話しているのだから。


「この屋敷の地下室は?」

「――えっ!? あっ、地下室はありません」

 ゼンが尋ねると、目と口を見開き数秒固まった初老の男性は、慌てながらも答えた。

「無いのか?」

「ええ、少なくとも私は存じません。この屋敷の見取り図もありますが、地下室の存在は描かれていませんでした」

 初老の男性は、男性の両親が余生は地方静かに暮らしたいと言っていたが、病気の母――この屋敷の住んでいた老人の妻――のことが気がかりで、城下町からあまり離れずにひっそりと暮らせるようにと、この屋敷を買って送ったそうだ。

 その際に、家の権利書や登記簿等にも目を通したし、自分たちも引越しの手伝いやらで十分にこの屋敷を知っているが、地下室については知らないとの事だ。


「と言うことは……、どっちかが正しくて、どっちかが嘘をついているか……」

 ゼンはニコルと初老の男性をチラチラ見ながら、ふむふむと手を顎に当てる。

『嘘なんて付いてないよっ! 下のお部屋はちゃんとあるもんっ!!』

 ゼンの言葉を真に受けたニコルは睨みつける。


「いやいや、お前が嘘を付いてるなんて、まだ言ってないだろ」

『――言葉! オマエ、オレの事おちょくってるのかっ!?』

「いやいや“目は口ほどにものを言う”ってね、相変わらずなんて言ってんのかサッパリだけど、態度は分かりやすいね~」

『……むぅ』

 ゼンの言葉にムスっとなるニコルを、リリアージュは再度なだめる。


「どちらも嘘をついていないとなると、知らないだけだろう……おそらくだが。近所の方々は、今日俺たちより前に来た者たちのことを知らない人と言っていた。でもあんたはココの主人の息子だけど――」

 事実であったとしても、知らなければ嘘にはならない。つまりは、あの近所の人達は屋敷の主人の家族の顔を知らず、そしてその家族は、

「おそらく後から増設された地下室の存在を知らないのだろう」

「なるほど……増設ですか……」

「だから、その存在と場所を知ってるっぽい、この猫ちゃんに案内してもらいましょっ」

『ねっ……猫ちゃんって呼ぶなっ――!!』

 数舜の絶句と共に、決して言葉にならない鳴き声が叫びが響き渡った。

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