第3話 ケット・シー

***


「ねえ、そこのあなた」

 門と屋敷の玄関は広い庭を挟むため距離があるが、リリアージュは一応門からは視覚となっている位置で身を屈め、玄関の前にいる猫の姿をしたものに向かって話しかけた。

「ねえってば、力になれるかもしれないから、こっちに来て」

『……? ……誰?』

 リリアージュの声掛けに気付いたらしく、キョロキョロと辺りを見渡している。


「こっちよ」

『……?』

 それでも尚、声のする方を警戒しながら探している様子だ。

『――!』

 そして、ようやくリリアージュと目が合った。

 が、まだ警戒しているのか、近づいては来てくれない。


「中に居る人たちに、荒らさずに出て行って欲しいんでしょ??」

『――! オレの言葉がわかるのか!?』

「うん。あなたが猫ではなくて、ケット・シーだということも分かるわ」

 そこまで告げてようやく、ケット・シ―はリリアージュへとゆっくりと歩み、あと1メートル程度となった所で座り込む。

『驚いた。オレの言葉が分かる人間がいるなんて…』

「そうだね、今となっては珍しいよね…」


 今となっては彼らを見る者も、話す者も珍しい。けれどもずっと、ずっと昔、今よりも彼らを身近に感じることが出来る者が多くいたと伝え聞いたことがあった。

『どうしたらいい?』

「私はリリアージュっていうの。ねえ、あなたの名前は?」

『……ニコル」

「その為にニコル、まずはあなたの知っていることを詳しく教えて欲しいの」


***


 いつの頃からかはよく覚えてないけど、ココの家の人――ヴィルって呼ばれてた人とは友達なんだ。時々遊びに来たら、いつもあの日当たりのいい部屋の窓の所に、お水とご飯をくれた。


 そして、いろんなおとぎ話を読み聞かせてくれた。世間話だってしたし、一緒に日向ぼっこもした。時々実験とか研究の手伝いもした。

 オレの言葉は、ちっとも分かってくれなかったけど…、ケット・シーとは言われなかったけど、オレが普通の猫じゃないって分かってくれてた。


 でも、ヴィルは病気だった。

 治らないって言ってた。

 ここ最近特に弱ってて……ベッドの上がほとんどだった。


 でも、ココの所に来るのは、ヴィルとお家の世話をしてくれる人や近所の人達ばかりで、あいつらなんて見た事無い……。

 ココの家には、お金なんて無い。あるのは古い本と古いおかしなガラクタばっかりなのに。

 本当にヴィルの家族だとしたら、ヴィルを弔う前に……ヴィルとのお思い出があるのに……家を荒らすなんて酷いよ……。

 

***


「なるほどね……事情ははかったわ」

 ニコルから、簡単にではあるが話を聞いた。けれど、事情は分かったもののリリアージュ自身は人様の家で勝手なことはできない為、どうしようかと悩んでいると、

「お取り込み中悪いんだけど、あんたたち何話してるの?」

 後方から、やや軽い口調の声が聞こえてきた。


 思わず振り返り確認すると、声の主は、黒髪に琥珀色の目をした青年だった。

(さっきの会話聞かれたかも!?)

 普通なら猫と対話しているだなんて誰も思わない――思うとすれば、人が一方的に動物に話しかける様な場面と認識している――と思うことにする。


「えぇ……っと、あの、そのですね……」

 リリアージュは返答に困り口ごもっていると、

(あれ? 何だか昨日と似たような場面だな……)

 昨日の花の妖精たちと、それを手伝ってくれた二人の青年を思い浮かべる。あの時は、独り言で今回は猫相手とどちらにしろ、一般的に見れば変わり者以外の何者でもない状況だ。


「じゃあ、質問を替えるね。その猫は何て言ってんの?」

「えっ!?」

「だって、あんたリリアージュっていうんだろ?」

「——!? どうして私の名前を!?」

 見知らぬ青年から自分の名前が出てきたことに驚きを隠せず、思考停止してしまいそうだった。

「どうしてって……、まぁ事前情報は教えて貰ってたし、後はちょっとした観察とカマかけってやつかな」

「事前……情報……?」


 青年は質問にいたって冷静に答えるも、対照的にリリアージュは混乱していた。

「まぁ、こっちだけ知ってるってのもフェアじゃないよな。俺はゼン、あんたのことは昨日主殿――っていっても分からないよな、フィンに聞いたんだよ。妖精と対話できる面白い子が居るってね」

 ゼンと名乗った青年は、リリアージュにとって聞き覚えのある名を口にした。


「えっ? フィン様?」

「そそっ」

 その名は、昨日合った身分の高いと思われる人であり、彼らの要望である《妖精の存在証明》は出来たが、それ以上でもそれ以下でもなく、特別親しくなったわけではない。別れ際に形式上の挨拶をした程度で、もう関わることは無いだろうと勝手に思い込んでいたのに、まさかの繋がりだった。


 フィン達はかなり身なりの良い恰好をしていたが、ここにいるゼンはそれと比べるとかなり落ち着いた服装をしており一瞬親近感が沸くも、右腰にしている帯剣が見え、自分とは異なる場の人だと結論付ける。

 妖精との件は特別隠しているわけではないが、目立つことを避ける為と大っぴらにしたいものではないので、リリアージュの知らないところで他者に伝わっている事実に動揺してしまう。


「まぁ、妖精だけでなくて、猫とも対話できるなんて聞いてなかったから驚いたけど」

「えっと、あの……いくら何でも私は猫とは話せません……」

「えっ? そうなの?」

「この子は猫にみえますが……ケット・シ―です」

「そうなの? 普通の猫に見えるけどな~」

 昨日の件を知っているなら、目の前の猫は正確には妖精猫ケット・シ―であり、“リリアージュがそのケット・シーと話していた”ということを伝えても大丈夫と考えてそのことを伝えると、ゼンは興味深そうにニコルに歩み寄り、しゃがんでじっくりと観察しながら感想を述べた。


 その様子に、ニコルはやや不機嫌そうな眼差しをゼンに向け、

『そんなにジロジロ見るなよ』

 ゼンには決して聞こえることはないが、文句を言う。

「全ての者が見えない存在という訳ではないんですよ。ただこの子の様なケット・シ―の場合、分からない者にとっては普通の猫としてしか認識できませんけど」

 リリアージュはそんな二人のやり取りに若干苦笑しながら事実を伝えた。


「ふ~ん、よく分かんないケド、本題ね。オレさ、ここには仕事で来てんだけど、家に入る前に、そちらの事情も知っておいた方がいいかもね~って思ってさ」

そんなリリアージュを置いて、相変わらず軽い口調でゼンは話を進める。

 先程ニコルから聞いた話はリリアージュ一人ではすぐにはどうしようもない話だったこともあり、相談と思って要約した話を伝えた。

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