第2章:彼の遺産

第1話 町はずれの屋敷

 城でのお使いの次の日。

 お使いで貰ってきた薬の一部は、定期薬を医局や診療所まで貰いに来ることが出来ない患者方に、自宅まで届けることになっているという。

 いつもなら、医局に取りに行くことと、その薬を患者の元へ届けることをしてくれている、診療所に泊まり込みで働くスタッフが居る。けれど昨日のお使いと同様に、丁度そのスタッフである先輩はまだ里帰り中な為、本日の件も私ことリリアージュに回ってきたのだ。

 とは言っても、午前中は薬草畑での作業に追われる為、配達の仕事はお昼休憩を取った後に出発することとなった。



 さすがに一ヶ月も過ごしていれば診療所近辺は馴染のある場所となってきたが、それ以外は未だリリアージュにとっては未知の場所のように感じてしまう。

 その為、地図を片手に、睨めっこしながら目的地を探しつつ、なんとか八件分は配ることが出来た。

 今日担当したのが地図と睨めっこしながらの自分だったので、待ちわびていた薬の配達が遅くなってしまったことを申し訳なく思っていたのだが、今まで配達した方々は皆、時間などは気にせず、自宅まで届けてくれていたことに感謝している様子だった。


 そして本日九件目であり、最後の配達先である、王都の西側の町はずれにあるお宅へと向かっていたのだが……、

(あれ? 人が多い?)

 目的地である家は門から屋敷までには広い庭によって、屋敷が小さく見える程立派な屋敷だった。しかしながら町はずれの家ということもあり、近隣住民は少ないはずだというのに、その門の前に数十人程度の人だかりが出来ていたのだ。

(どうしたんだろう?)

 いくら何でもこんなに人だかりが出来ているのは不自然だと首をかしげながらも、リリアージュは近くに居る人に尋ねてみた。


「あんた、ここの爺さんの知り合いかい? 残念だけど、今朝方亡くなったそうだよ……」

「――!!」

 中年くらいの女性が答えてくれるも、想定外の言葉に、声にならない。

「元々、余命宣告もされていたそうでね、むしろ昨日まで生きていたことの方が奇跡のようなものだそうだよ……」

「そうですか……」

 知人ではないとはいえ、誰かの“死”という言葉は心苦しさを感じるものだった。

「で、親族を名乗る者らが、遺産探しをしてるのさ。何より今日だってのに、不謹慎だろ?なのに、まだ諦めずに探しているもんだから、みんな気になってるのさ」

「――? 遺産探しですか? 葬儀ではなく?」

「立派な屋敷ではあるけど、ここのじいさんの事だからさ……遺産なんてありゃしないと思うんだけどね……」


 女性の話によると、ここに一人で住んでいた老人は、町はずれのこの屋敷でひっそりと暮らしており、その生活ぶりから、かなりの質素倹約ではあり、彼らが欲しがるような遺産を持っているとは到底思えないとの事だった。ましてや、仮に遺産を所持していたとしても、こんな場所にはないのでは? との意見も多いのだそうだ。


 加えて、現在親族を名乗り遺産探しをしている三人の男性など、近所の人らは見たことが無く、本当にここの老人の親族なのかも分からない。

 本当の親族だとしたら、生きている間に小まめに来訪があっても良さそうなものだが、三人の内誰も見たことが無いのだというのだ。

 


『出ていけって言ってるだろっ』

 そうやって色々話を聞いている内、声の高い男の子のような声が聞こえた。

 周りを見る限り、ここに集まっている人々に加え、遺産探しをしている三人も皆大人だ。

 子どもの声なんて聞こえるはずないのに……と思っていると、

『ココには何もないんだっ』

 確かに子どもの声だと感じた。そしてそれと同時に爪を研ぐようなカリカリとした音も聞こえてきた。


 リリアージュは人だかりを割って入り、門から家の様子を伺うと、それは一目でわかった。

 灰色のフサフサの長い毛と尻尾、ちょこんとした三角の耳、手足の先だけ毛が短く黒く見える。それは、通常普通の人でも見ることの出来る類であるが、普通に見る分には、だたの猫といったところだが。

(ケット・シ―だ)

 しかしながら、見る者がみれば、それは猫の姿をした妖精だった。


(だから私には声が聞こえたんだ)

 一般的には、普通の猫として見ることが出来るケット・シ―だが、普通の人からすれば、ケット・シーも猫も区別なく見え、声も普通の猫と同様に鳴き声として認識される。

『お願いだから…荒らさないでくれよ……』

 ケット・シーから紡がれた言葉は、悲痛な叫びだった。

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