第6話 妖精の存在証明

***


 その後すぐオズが息を切らせながら、手には何本もの白いバラ持って帰ってきた。手だけは足りなかったのか両手に下げている袋の中もバラが入っている様子だった。なんでも、庭師が剪定ついでに切ったものを城内に飾ったらしいとのことで、どれが目当ての物かわからず、色々かき集めてきたとのことだった。


 そしてその姿を見るや否や、妖精達が一目散にオズの持つバラに駆け寄り、

『『姫様のバラだ!』』

 と嬉しそうに声を上げていた。

 オズが手で持ってきたバラの中に一つだけ淡く光るバラのつぼみが見えた。

「これを下さい」

 リリアージュはその中から特定のバラ――淡く光るバラのつぼみを指し示す。

 おそらく妖精たちの探しているバラはこれだろうと思う。妖精達が、光りを表すプリムの名を冠することが出来るかもしれないと謳っていただけの事はある。これなら間違いなくその名を冠することが可能だろうと思った。


「これですか」

「それです」

 オズから指定した淡く虹色に光るバラのつぼみを受け取り、妖精達に見せて尋ねると、

「これね?」

『うん!』

『それ、それ!』

 嬉しそうな返事に一安心した。

「どうしてそれだと分かったんだ?」

 横からフィンが不服そうに尋ねてくる。

「えっ? だって見たら一目瞭然ですよ? だってこれだけ淡く光っていますので」

「「…?」」


 どうやら、光は二人には見えなかったらしいく、その光自身が《妖精の存在証明》となることはなかった。でもリリアージュ自身には見せる力は無い。見せる力どころか、先生と慕う人にそこそこ魔力はあると言われたのにもかかわらず、まったく術を使えない。使えない力は無いものと同義語だ。その為、リリアージュにあるとすれば知識と対話くらいだ。


「ねぇ、姫様はいつ頃の予定だった?」

『いなくならなければ』

『もう生まれてたよ』

「ならまだ大丈夫ね」

 リリアージュは二人の妖精に確認した後、辺りを見渡し、

「こっちに来てください」

 と言って二人を庭の中央に位置する噴水まで誘導した。


 そしてリリアージュは一旦離籍するオズに追加で頼んだ物を促し、オズは言われるままに掌サイズのレンズの付いた拡大鏡を袋の中から取り出して渡す。

 そしてリリアージュは受け取ったバラのつぼみが噴水の下の水に映るように持つ。尚二人には影にならない位置に移動してもらい、手に持っていた拡大鏡をバラの上の光を集める様な位置に掲げる。


「そのまま少し待ってくださいね」

 レンズにより太陽の光を強くして、バラに充て初めて1分程度だろうか。

 太陽の光を浴びるにつれ、リリアージュにはバラの輝きが増していき、今は淡く光るどころではないくらいに、バラ自体が発光しているかのように見えた。

「もうすぐですね……お二人共、バラを鏡で映して見るように、水面に映したバラを見ててください」

 フィンとオズは言われた通りに水面をのぞき込み、二人の小さな妖精達はバラのつぼみとリリアージュの周りを嬉しそうに飛び交っている。


「プリムの名を冠する者よ、その光を持って、あなたを助けた者達に刹那の姿をお見せください」

 そう告げた瞬間さらに輝きが増し、リリアージュには強すぎて直視できないくらいの光となった。

「――っ!」

「えっ!?」

 その増した輝きと同時に、水面に映し出されたバラを見るフィンとオズからふとした声が漏れた。そして光が収まると、バラのつぼみの横に、淡い虹色に光り輝く小さな少女の姿をした妖精が眠そうに口に手を当てあくびをしていた。

『『姫様~‼』』

 その姿を見るとすぐに、そう呼ぶや否や二人の妖精が駆け寄る――というか飛んでいく。


 リリアージュがそんな妖精達の姿から、二人の青年へと視線を移す。二人共驚いたような表情をしており、その様子を見るに、僅かながらに見ることが出来たのだろうと思えた。

「お二人とも少しは才があったようで良かったです。今のは、太陽と水の力、妖精の姫様自身のお力を使って見せるようにしてもらったのですが、まだ生まれたばかりなので、これ以上は難しいようです」

 未だ驚いているであろう二人に、

「これで《妖精の存在証明》となりましたか?」

 と加えておいた。



 その後妖精達は姫様を連れて里にしている、この近くの公園に帰るという。

また今回のお礼を兼ねて、数日後にこの町である人間の祭りである収穫祭のパレードを見に来て欲しいと言われたので了承した。


 そして二人の青年には、

「私は城下町の診療所で働かせていただいていますので、もし妖精らの事でお困りのことがありましたら、お気軽にお尋ねください」

 最初に顔を合わせた際は、不審者同然であり、どんな失態を犯したとしても、今後この人達と関わらなければ、今後も平穏な日常でいられるはずと思っていた。けれど彼らの要望である《妖精の存在証明》が出来た今なら堂々と胸を張っていられる気がして、そう告げていた。



 勿論その後、医局では急に消えたリリアージュを心配していた人に謝り、また予定よりも帰宅が遅くなってしまったことをエミリアさんたちにも謝ったのだが、みんな普通に許してくれて優しい人たちだと思う。



 そしてこの時、本当に面倒で厄介な事件に自ら首を突っ込むことになるなど、まだ知る由も無かった。


***


 リリアージュと名乗った少女との一見には驚いた。

 初めは、困っている様に感じつつも、その言動の怪しさから、警戒をしつつも穏便にやり過ごそうと、声をかけたのだが思わぬ収穫だった。

 相手は妖精と対話が出来ると自負している。


 オズワルドには気を付けるようにと、視線で念を押されていたが、見知らぬ男二人では相手も警戒するだろうと思っていたことが杞憂に終わり――というか自然な流れで、一対一で話せる機会が出来た。それとなく聞き出そうとしたものの、生憎手詰まり状態の誘拐事件の解決の糸口にはならなかった。


 妖精など信じていない人や、非現実的などと言われることもあるが、世の中それだけでは説明のつかないことがあるのが事実だ。

 元より“見えない何か”ということに関して肯定的に思っている身としては非常に興味深い体験だった。


《妖精の存在証明》など無理難題を提示すれば、普通の人であれば即断ってくるところ、「今すぐには難しい」など口にする。しかもそれを実行に移す知識と技を有しているのだ。その対話能力と共に使えるかもしれないと考えてしまう。

 またこの国を支える影としても非常に興味深い人だったと言えよう。

 そう考えると、自然に笑みが浮かぶ。



「どうしたんですが主殿、その悪い笑みは?」

 側近件護衛を務める者は、自身の主とするお方の、普段見ることのない表情を見て尋ねずにはいられなかった。

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