第5話 妖精の取り換え子
妖精の真偽を信じてくれたかどうかは別として、リリアージュは二人の協力のおかげで宮廷内に入ることが出来た。とは言っても、「妖精の存在を証明する」という条件付きなので、どうやって証明するか、その方法を悩むところでもあった。しかしながらその件よりも門を通る際、二人よりも明らかに年上にみえる門番が礼を尽くしていた仕草にて、おそらく二人の身分は相当高いのだろうと実感し、
(声をかけるなら様付が無難かな……)
ということの方を考えていた。
妖精の案内――とはいっても、他者には見えない為、見慣れぬ少女が先導して身分の高い方を連れまわすという構図に違和感を感じつつも、敷地内をひたすら歩く。そうしていると小さな庭園に出た。
庭師の努力のたまものなのだろう。とてもきれいに整備されている白いバラの花は壮観だった。その庭園の中央付近に妖精達が案内してくれる。
『ここに今朝までつぼみであったの~』
『お昼になったら、つぼみごとなくなっちゃったの~』
確かによく見ると、ハサミで摘み取られた形跡があるのが分かる。
リリアージュは二人に、
「ここに摘んだ後があって、この摘まれた花のつぼみを探している様です。そしてこの花のつぼみは今朝まではあったけど、昼には無くなった……とのことなので、その時間帯にどなたか摘んでいった方を探してもらえないでしょうか?」
と尋ねると、二人は互いに顔を合わせて頷き、
「では聞いてきます」
と言ってオズと呼ばれていた青年がこの場を後にしようとしたところで、
「すみません、それと太陽の光を集めることの出来る小さな拡大鏡とかがあれば、それもお願いします」
と、リリアージュは加えておいた。
オズが帰ってくるまでは何もすることが無く、庭園にあるベンチに一緒に腰を掛けたものの、お互い初対面ということもあり特に会話すべきことも無いので、暫く静寂が流れる。
その間妖精達は、まだか、まだかとソワソワしている様子だが、リリアージュ自身ではどうしようもない。
(妖精の存在証明ね……)
光りを表すプリムの名を冠することが出来るかもしれない妖精が生まれる特別な花。だとすればそれなりの力を持った妖精となるだろう。強い力を持つ者ならばその力にて他者に己の存在を示すことも可能だ。けれども見えない人は何をやっても見えないものなので、この二人に少しでも素質があってくれれば簡単なのだけれど……と思いながら、
(そういえば、お使いの途中だったのに……早く解決して戻らないと……)
と、好奇心と言う名の誘惑に負け、途中興味のある方向に思考がシフトした結果、疎かにしていた本来の仕事について考えていた。
「なぁ、妖精って子どもだったら見えたりするか?」
静寂の中、不意にフィンが尋ねてきた。
「そうですねぇ……元々見える者は素質や体質等に影響されますが、子どもの内は比較的見える子はいますね。成長の過程で見えなくなる子が大半ですが……勿論初めから見えない子もいます。また妖精自身が見せようとするかにもよりますね……ただ、会話できるかというとまた別の素質が影響してきますけど……どうしました?」
「いや……その……《妖精の取り替え子》って知っているか?」
「それはほとんど迷信ですね。確かに妖精が人間の子どもを育てることはありますけど、理由もなく攫ったり、ましてや取り替えたりしませんね」
「そうなのか?でも育てることはあるんだな?」
フィンは驚いたような顔と声を張り上げながら、リリアージュに向かって問う。
「はいそうですけど……それがどうしたんですか?」
「“妖精が人間の子どもを育てる”ってことはよくあることなのか!?」
「う~ん……必ずしもよくあるって訳ではないですか……、そもそも《妖精の取り換え子》って話自体はほとんど迷信ですね……妖精が人間の子どもを育てる場合は、拾い子や身寄りのない子、そこに居ても不幸になる子達だけです。普通の子と遊ぶことはあっても、攫ったりはしません」
リリアージュは人として過ごしていながら、彼らとの距離が近い為か、どこか他者と線を引いてしまう。その為、ここまで妖精の事を誰か人に話したことは今まで無かった。
「《妖精の取り換え子》なんて、ほとんどは人間側の願望ですよ」
もし自分の子が不出来だったら……、人と違っていたら……。事故にでもあったら……。挙げればきりが無いくらい、認めたくない事実があったとしたら……。
そんな子、自分の子とは認めたくない……、認めるわけにはいかない――そう思ってしまう。
自分の子でないのなら……こっそり、よく似た子と取り替えられた――そう思う方が良い。嘘や偽りは真実ではないけれど、願望や本当だと思いこんだことは偽りではなく真実になっていく。
「だからこそ世の中には、人にとってはそうであってほしい願望こそが真実として広まってしまうんです」
人にとって見えないものは、いないものと同義語で、見えないもの、いないものは存在を否定される。だからこそ、空想や御伽噺の中の話だといわれることもある。けれども存在を否定されるだけならまだしも、時に人は到底認めることの出来ない事象に遭遇した時、それを彼らの行いとして責任転換することがある。
これが人の世では常識であれど、他の方面から見れば常識ではないことなんていくらでもある。
このことを人である彼に、人であるリリアージュが話すこと自体が異質なのかもしれない。けれども、フィンはリリアージュの言葉を頭ごなしに否定も凶弾もすることなく、静かに、時に何か考えるように聞いてくれたことが少し嬉しかった。
だからだろうか、気が緩んでしまっていたのかもしれない。
「たとえ妖精に拾われて育てられたとしても……いずれ見えなくなってしまう……。だからずっと一緒には居られない……。だから、私は……人の世でも……」
(育てられた子たちの中でも)
「異質なのかもしれません…」
特段の秘密という訳ではないものの、きっと親しい人達にもなかなか言えない事実とわずかな胸の内がこぼれた。
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