第2話 おつかいと好奇心

 その後簡単な昼食を取り身支度を整え、お気に入りというか唯一の持ち物の茶色い斜め掛けのバッグを身に付ける。そしてエミリアからメモを受け取り目的地と向かう為、帆馬車に乗り込んだ。


 馬車の中で揺られていると、リリアージュは出かける直前のことを回想する。

「城にある医局なんだけどね…あっ、城へはすぐ近くから馬車が出ているからね。で、ほぼ毎回の事だから、医局の人にこのメモを渡して「いつもの」とか言えば分かるから」


 とエミリアは軽い口調で言っていたが、この国では城は高貴な方の住まいというだけでなく、政治を行う場所でもある。

 だからこそ正直に言って、

(私なんかが行くには場違いではなかろうか……)

 そう考えていたら心の声が聞こえていたのか、はたまた顔に書いてあったのか、

「大丈夫、大丈夫。王城と言っても、手前の常に一般開放されている所にあるから」

 と付け加えられた。


 いつもなら、現在里帰り中の先輩が行っていた仕事らしいのだが、不在の為リリアージュに回ってきたらしい。といってもただ荷物を受け取るお使いなので、新米でも可能と判断したのだろう。

 しかしながら、田舎と呼んでいいのかも怪しい森の集落出身であるリリアージュにとって、そもそも人としての一般常識に疎く、あまり目立ちそうな所や仰々しい所、人の多い所が苦手なんだけれど……という気持ちは言葉には出来ず、仕事として割り切ろうと思った。



 そんな気持ちは置いといて、城というと仰々しく聞こえがちだが、なんでもお使い先のこれから行く医局だけでなく、役場や図書館といった公共施設もある為、1日に数本馬車が出ているとの事。この診療所は王都内とはいっても南の端に位置しており、ここからだと馬車でなくとも歩いても行けなくはない距離らしいが、馬車と言ってくれたのは土地勘に不慣れな私を思っての事だと思う。


 とはいっても歩いても行ける距離という事と、丁度お昼時という事もあり、現在この馬車を利用しているのはリリアージュ一人だった。

 馬車に揺られながら町を眺めていると、人々の表情は普段よりもやや活気があるように感じられた。


(そっか、もうそろそろそんな時期か……)


 昔、森の集落で暮らしていた頃、数回だけ爺様達に連れられて、参加したことのあるこの町のお祭り――収穫祭の季節だ。今年の夏は気候に恵まれ作物にとっては、非常に実りの良い年だった。この辺りでは今年の恵みに感謝し作物の収穫を祝い、その活気で負を追い払い、また来年の豊作を祈願するのだと、昔教わったことを思い出していた。



 目的地に到着した後、馬車から降りて直ぐ、初めて来た城に驚いた。

 元々、田舎もとい森育ちもいいところな為、王都の町ですら人々の賑わいに驚いたのだが、城はそれ以上の衝撃だった。建物の大きさといい、その造りといい、そこにいる人々といい、その圧倒的規模は今までの知識には無いものだったのだから。


 数秒固まったのち持ち直したリリアージュは、近くの人に医局の場所を尋ね、軽く会釈をして前へ進む。

(やっぱり、場違いではなかろうか……)


 規模の大きさとは別に、リリアージュはもう一つ気になることがあった。家族と住んでいた時にはあまり気にならなかったのだが、王都に来て以降この白銀色の髪色は珍しいのだと思った。その為、目立つこと極まりないこの髪と菫色の瞳は、どうしても人目を引いてしまう気がする。それに加えて田舎者の所作が滲み出ている気がしてならない。また、人としての一般常識に疎いとくる。


 そんなことを気にしながら、歩いていたらすぐに先程教えて貰った医局にたどり着いた。

 入ってすぐ、受付に居る優しそうな女性に、エミリアから預かったメモを渡し、

「いつものをお願いします」と付け加えた。


「あぁ、これですね、いま準備しますので、あちらで少々お待ちください」

 メモを受け取った女性は、丁寧な対応と共に出入り口付近の長椅子を示した後、奥の部屋に入っていった。

 その為、リリアージュは促された通りに長椅子に腰かけて待つことにした。

 医局と言っても今現在の客はリリアージュ一人の様で静かなものだった。



 それから5分も経っていない頃、変わらず客はリリアージュ一人しかいないはずなのだけど、何やら騒がしい声がする。子どもの様な高い声がするのだ。

 そして耳を澄まして聞くと、その声は出入り口の外側から聞こえてくる。


『どうしよう、どうしよう』

『ないよ、ないよ』

『こっちもないよ』

『探して、探して』


 それらの声はそわそわとしていて、何かを探している様子だった。

 そして、内容はともかくなんだか懐かしいような親近感のある声であり、少しばかり好奇心の強いリリアージュにとっては、声を掛けたくなるには十分だった。


 気になって声の主を探し、リリアージュは医局の出入り口の戸を開ける。思った通りで外には人の姿は見当たらない。

 それもそのはずだった。声の主らは入り口横にある、植木鉢に植えられている小さな木の陰に隠れていたのだから。


「ねえ、あなたたち、何を探しているの?」

 相手の目線に合わせる為にリリアージュはしゃがんだ姿勢で、そう声をかける。すると声を掛けられた方は一瞬驚いた様子を見せるもすぐに、

『《姫様のバラがないの~》』

 そう二人は声を揃えて、リリアージュの目線よりも少し上の高さまで飛び、各々小さな体を大きく動かして答えた。


 そう、目の前にいる声の主らは手のひらに収まるかのような小さな体と、その背に一対の透き通るような羽根を持った、所謂妖精と呼ばれる者達だった。その妖精達は、一人は焦げ茶の髪と緑の瞳、もう一人は黄緑色の髪と瞳を持った小さな男の子の様に見えた。


 人は好奇心には勝てないものだとはよく言ったものだとリリアージュは思う。

「《姫様のバラ》ね……それはどんなものなの?」

 その為、リリアージュは妖精たちに向かって、尋ねる。

 すると、妖精たちは2人でヒソヒソと話し合った後、

『探してくれるの?』

 その内の一人がと聞き返す。

「そうね、探す人手は多い方が良いでしょ?」



 こうして、私リリアージュは《姫様のバラ》を探すことになったのだ。

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