第1章:光と花の妖精

第1話 それまでの日々

 ――何度だって、どんなことをしたって…あなたにもう一度逢えるのなら……私は、堕とされたって構わない――


***


 夏の日差しもだいぶ和らぎ、秋晴れの暖かな日差しと心地の良い風が吹く中、リリアージュはここ数日の日課となっている仕事である薬草畑の草取りを終えた後、丁度頃合いとなっているリンドウを収穫をしながら考えていた。

(そろそろあれから、一ヶ月か……)


 そもそもの始まりは、ほんの些細なことで家族と喧嘩をしたことだった。相手は良かれと思っての事だったのかもしれないが、私にとっては今後の人生を左右する重大な問題であり、はっきり言って有難迷惑な話だった。お互いに引けなくなってしまい、結果として私は家出した。


 家族と喧嘩して家出なんて聞くと、「仲直りしなさい」とか言われそうだけど、家族と言っても皆とは直接的な血の繋がりは無く、育ての親といった具合だった。そして、その家族はある意味――というか、私自身も含めて、一般的から掛け離れている――つまりは普通ではないのだから、一人家出しようが直ぐにどうこうというわけでもない。


 だけども、十八歳のただの人間の娘が……といっても何故か私は実年齢よりも幼く見られがちなのだが……、たった一人ですぐに生きていけるわけではない。その為、私は育った森の集落を出た先で、空腹にさいなまれて行き倒れそうになったのだ。


 その後、森に薬草を探しに来ていたという人に出会い、食事を分けてもらえただけでなく、そのまま、その人が住む城下町の診療所に住み込みで雇ってもらえたということは、幸運の他ならないと思う。

 診療所と言っても、多くは風邪薬や頭痛薬、傷薬、栄養剤等といった薬や、消毒用のアルコールを買いに来る者が多く、またそれらに加えて、ハーブや精油といった物も取り扱っており、どちらかと言えば薬局的な感じだった。


 そんなことを考えながらリリアージュは、一通り作業を終わると、空いたスペースにそれぞれ一纏めにしておく。またリンドウの方は使用する部位が根と根茎なので、予め丁寧に土を洗い落としておく。余談だけど、 “良薬口に苦し”と言うことわざがあり、その通りすっごく苦いものの、その苦みを持って苦味健胃薬として、唾液・胃液・膵液・胆汁の分泌促進作用により、食欲不振、胃アトニ―、胃散過多症、腹痛などに用いられる。


 次に衣服等の汚れを簡単に落とし、薬草畑の横に隣接されている建物へと裏口から入り、更衣室代わりに使っている物置部屋にて、外用の作業着からいつもの紺色のワンピースに着替える。作業時に邪魔にならないようにと、簡単に一纏めにしておいた長い白銀色の髪も解いた。それから念入りに手洗いを行い、調剤室へと歩みを進める。


 ここの調剤室は、日の光が十分に入ってくる心地の良い部屋だ。

 ハーブを吊るしていた窓に来て、ハーブの乾燥具合を確かめる。これらは先日収穫していたカモミール、ミント、セージ等といったハーブで、紐で縛って逆さにして干して作っていた。連日の気候も相まって、良い頃合いとなっていた。


 出来た乾燥ハーブを紐から外し、それぞれ種類ごとに分けて作業台の上に置く。

元より薬草に関する知識は、森の集落で生活していた際に教わる機会があった事と、自身の興味の一致のおかげで一般的以上にあったこともあり、ここでの仕事は楽しく思う。また約一月ともなれば仕事にもだいぶ慣れ、販売以外の作業の一部を任されるくらいにまでなっていた。そして今日は昼食前にこれらのハーブを細かく砕き、趣味と実益を兼ね備えたハーブティーや香辛料、ポプリを作るつもりだった。


 そんな時、

「リリちゃん、今から少しお使いを頼んでもいいかしら?」

 リリこと私リリアージュに、あの日森で私を助けてくれた、エミリアと言う名の中年の女性が部屋の入り口のドアを開けて問いかける。エミリアは少し白髪交じりの黒髪と茶色の瞳と素敵な笑顔を持った女性であり、夫婦で診療所を経営している人でもある。


 それはさておき私はと言うと、私と同じく住み込みで働いている先輩が里帰りをしている為、ここ数日引き継いで代わりに行っている薬草畑の世話と収穫を終えたところだ。そして今から、別の作業に取り掛かろうとしたところだったが、声を掛けられた為、時計を見ると丁度もうすぐお昼になろうとしていた為、

「一休み頂けた後でもいいですが?」

 何をするにしても昼食をとってからかなと思い、そう返事した。

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