僕のヒロインたちはぶっ壊れているので、あまり関わりたくありません
はしお
ファーストコンタクト
羽織先生の悪い癖だ。
「君は……うーん……あれだな……あれだよ」
すぐに職員室に呼び出す上に、話の整理ができていない。いつも通りの羽織絹子はおりきぬこ先生だ。
せめて話の整理をしてから職員室に呼んでください、と言いたくなるが、この人は日本語が出てくるのが非常に遅い。いつもうーん、あれだな、と唸っていらっしゃる。
担当教科の物理の授業中もそんな感じなんだが、教師としていろいろと大丈夫なの?
「今年は……あれだ。もう少し積極的に学校行事に参加しないか?」
銀縁眼鏡の奥のくぐもった視線が僕を刺す。先生は白衣を着こみ腕を組み、足まで組んで僕のほうに向きなおったけれど、小柄な人がそれをしても大した威圧感は出ないんだよなあ。
「先生知ってます? 僕一応体育祭実行委員なんですけど」
僕の言葉を聞くと、先生はまたうーんあれだと唸り始める。日本語が苦手っていうのはこういう人のことを言うんだろうか。
「んー……あれだよ……それは、君が運動が苦手だからだろう。そういうのは積極参加とは言わんのだよ」
「運動が苦手だから実行委員になるのの何がいけないんですか。元から戦力外なのをわきまえているだけですよ」
僕は致命的に運動ができない。だから実行委員として体育祭の運営側に回るのは理に適っているし、僕が体育祭に出るなんて言うのは、クラス全体で見ればリスクでしかない。
リスクは削るべきものだ。だから僕は実行委員を立候補した。
「いや……あれだな。悪いとは言わんよ。だが担任としては……そうだな。君が頑張るところを見たかった、とでも言おうか」
「あ、はい。僕実行委員頑張るんで。見てくださいよこのやる気、まさに積極参加そのものでしょう」
普通の生徒は実行委員なんてこんなにやる気は出さないですよ先生。一昨日の役員決め、僕のおかげで立候補者が出るまで帰れません、みたいにならなかったんですよ先生。
「あー……なんだ。君はあれだな、高校生らしくなさすぎるな。今日まで楽しかったか? 高校生活」
「いやいやいきなり何言ってるんですか先生」
羽織先生の表情はいつもどんよりしているし、日本語は残念な感じだから感情が読みにくい。なので、どういう意味でいきなりこんなことを言われたのか、よく分からなかった。ちなみに楽しさは可もなく不可もなく、かな。何事も普通が一番。
「あれだ……あれだよ。君は高校生にして、すでに社会人のような考え方をしている」
「それってどういうことですか」
わけがわからないよ。そもそもそれは大人びてるってことで、どっちかと言えばいいことなんじゃね。
「うーん……そうだな。君はいつも自分が一番理に適っていると考える行動をとるし、鬼かと思うほどリスクヘッジにこだわるきらいがある。もっと感情のまま楽しめばいいじゃないか、それは大人になったらやりたくてもできないことだよ」
「嫌です。先生、出る杭は打たれるって言葉、知ってます?」
「はぁ……」
食い気味の返答に、羽織先生はあきれてしまったのか大きなため息をついて、女性としては非常に残念な大きさの胸の上のポケットから、赤と白の箱のタバコと年季の入ったジッポを取り出し、タバコに火をつけた。
「言っちゃ何ですがこのご時世、生徒の前でタバコ吸いますか……」
PTAとか騒がない? 大丈夫? そんな騒ぎに巻き込まれたくはないよ? 面倒だし。
「ああ……そうだな。愛煙家には肩身の狭い世の中だよ」
感情表現の薄いあの羽織先生が、あまりにおいしそうにタバコをふかすもんで、危うく二十歳超えたら喫煙しようと決意するところだった。そんな寿命縮めるリスクは削除。タバコ、駄目、絶対。
「いや……悪い……あれだ。つい昨日、キミと全く同じことを言った生徒がいてな。今どきの若者はどうなっているんだ。呆れもするし吸いたくもなるさ」
「いや先生もまだ若いほうでしょうに」
「……」
少しの沈黙。先生はタバコを吸いながら何か考え事をしているようだ。していると思いたい。気を遣った後に黙られると気まずい。なんか喋って先生。
「君は……あれだな。上村や柳井と仲が良いそうじゃないか、最近」
「今度は何ですか……」
何か言ってほしいと願っていた僕のほうがいきなりの質問に呆れてしまう。
「いや……あれだよ。去年、特定の人物と仲良くすると、人間同士の関係性というリスクに巻き込まれるから特別親しい友人は作らないって言ってただろう」
ああ、思い出した。去年の一学期に友人がいないって噂が立って、それで職員室に呼ばれてこうやって羽織先生に話をされたんだった。あれが先生とのファーストコンタクトだったなあ。まあ、上村誠うえむらまことと仲がいいのは認めないといけない。
「まあ誠……上村については本当にいい奴だと思いますよ。少し頭が固いですが」
「ああ……そうだな。同感だ。お前も分かってきたじゃないか、瀬野君よ」
瀬野、とは僕の名字で、名前は和希と言う。いや誰に紹介してんだ自分。
羽織先生は基本生徒のことを呼び捨てで呼ぶが、僕の名字がひらがな二文字のせいか、僕だけたまに君付けで呼ばれることがある。だから何ってわけじゃないけど。
で、上村誠は去年同じクラスだった奴で、たぶん学年で一番話す相手だ。最初は警戒していたけれど、誠となら仲良くなっても害はなさそうだったもんで、それで去年は基本的に一緒に行動していた。
「ただ柳井については完全否定させていただきます」
柳井麗美。あれは魔女だ。あいつに見えている世界は僕たちが見ている世界とは違いすぎる。話してるだけで見えている世界が違いすぎると分かるほど怖い女で、ある一人を除けばリスクマネジメント的に一番避けなければならない女だ。そんな女が去年の二学期の終わりくらいから僕らにちょっかいを出すようになっている。簡単に言えば頭が良すぎて怖いってこと。
まあ、ある意味さすが天下の星洋高校、とでも言っておこうかな。あんな頭が回る奴がいるなんて思いもしなかった。進学校ってすごい。
「うん……そうか。柳井もそこそこ可愛い部類に入る女子だと思うが……ずいぶんそっけないんだな」
「あんな天才と会話するなんてリスク高すぎてやってられませんって」
「はあ……」
おどけて言った僕に、またしてもこの大きなため息。発生源は羽織絹子。たばこは吸い終わったようだ。
「君は……また……あれだよ。二言目にはリスクリスクと……もっと高校生らしくあるがままを受け入れないか」
「逆です。これがありのままの自分なんです」
「まあ……そうか……そうだな。自信満々に言い放つ当たり、本当にそうなんだろうが」
羽織先生はここまで言うと、うーん、と頭を抱えてしまった。結構間があったので、そろそろ帰っていいか聞こうとしたとき、背後から女生徒の声がした。
「羽織先生。週番の仕事が終わったから来たんですけど……この状況は?」
振り向いたとたんに全身を流れる電流、響き渡る脳内の警告音。瀬野和希としての存在を全てかけてでも避けるべき対象、人生史上最大のリスク。柳井麗美すら超越する存在がそこに立っていた。
「おお……君は……あれか。待っていたよ、伊月」
「そんなに待たれても……私としては、昨日みたいな非生産的な会話はやめにして、さっさと帰りたいところなんですが」
透き通るような声だった。羽織先生と同じく腰まで伸びた黒髪は、羽織先生と違って川の流れのようにしなやかで。先生を見つめる瞳は凛とした意志に満ちた、クールなものだ。学生服と髪色の黒と対をなすように、肌は白く絹のように滑らか。鼻は小さく控えめで、唇にはまだあどけなさが残る。校内一の美少女、という評判は間違っていない。それは認めよう。
だが僕は、この伊月凛という女を高校二年生の一年間、最大の回避対象と見ている。あの魔女、柳井麗美すらしのぐ存在だ。正直、ここで合流してしまったことすら計算外。彼女は優等生と聞いていたのだ。職員室に呼ばれているなんて、想像できない。
とにかく冷静になれ、瀬野和希。嫌いの反対は無関心。関心を寄せなければ、関係はできないのだ。
「じゃあ先生、僕は失礼しますね」
それだけ言い残して、僕はそそくさと職員室を後にした。
伊月凛とはもちろん挨拶も交わさず、目も合わせなかった。
無関心を貫き通して、僕は学生鞄を置いたままにしていた二年三組の教室へ向かった。
僕のヒロインたちはぶっ壊れているので、あまり関わりたくありません はしお @takashi1124
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