終章

決戦翌日

 決戦日翌日。つまり、もう勇者側にも魔王側にもゲーム指南が不要となり、双子の姉妹に迫られない、ある意味ようやく戻って来た日常。その一日目。

 教室に入ると、やはりと言うべきか、当然と言うべきか、柚乃の姿はなかった。昨日の時点でそうなるであろうことは予想していたが、実際その現実を目の当たりにすると、なんというか、その――

「だ、大丈夫? 宮風くん」

「……愛か」

「なんだか、元気ないんじゃない?」

「……そうか?」

「うん。なんだか、寂しそう」

「……」

「そう言えば、柚乃さんもまだ来てないみたいだね。宮風くん、何か知っている?」

「……いや」

 愛が柚乃の事を、当たり前のように聞く。その事に慣れ過ぎていて、逆にそれが俺の喪失感を強めていた。もう俺と柚乃の、そして詩乃の関係は終わったのだ。もう、彼女たちの、あの双子の声を聞く事も、あの姉妹に迫られる事も、ないのだろう。

「おっはよーぅ!」

 そう、そんな柚乃の元気な挨拶も、もう聞く事は――

「あ! あいちゃん、おっはよーぅ!」

「あ、柚乃さん、おはようございます!」

「そーたも、おっはよーぅ!」

「ああ、おはよう、ってえええぇぇぇえええっ!」

 な、何で柚乃が、まだここに?

「わっ! び、びっくりした!」

「急におっきな声を出して、どないしたんですか?(どうしたんですか?)」

「いや、だって柚乃が、何でまだこの学校に? え? あ、そうか! まだ転校の手続きに時間がかかってるんだなっ!」

「へ? あーし、別にてんこーしないよぉ?」

「……へ?」

 転校、しない?

「で、でももう、俺と小埜寺社長の契約は――」

「ああ、そのことねー。あーしもその辺どーかと思ったんだけどぉ。やっぱ、こーけー者って、必要じゃん? 婿養子的なぁ?」

「はぁ?」

「お、お姉ちゃんっ! 抜け駆けしないって言ったのにぃっ!」

 教室の扉を全力で開けて、怒りに眉をひそめる詩乃がやって来た。大股で歩きながらこっちにやってくる姿は、ここ一か月の間、俺の記憶にない、初めての光景だった。

 その歩き方は、どちらかと言うと、柚乃の歩き方を思わせる。

 一方その柚乃はというと、詩乃の様なか弱さを纏わせて、俺の左肩に手を置いてきた。

「えー、だってー、クラスが一緒なのは、あーしのせーじゃないしぃー。ねぇ? そーだぁ」

「ず、ずるいですぅ! 私も、私も想太くんのクラスメイトになりたいですぅっ!」

「どないなことですか(どういうことですか)? 想太さんっ!」

「それは俺が聞きてぇよっ!」

 想定外の喧騒に塗れ、しかし俺は、存外それを嫌とは思っていなかった。ここ一か月で、これが当たり前になっていたからだろう。

 いつの間にか、かくあるべきと馴染んでいたこのざわめきを、もう少しだけ体験できるのだ。

 そう思うと、俺の口元は、いつの間にか緩んでいた。

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昨日は勇者で今日は魔王で、明日の朝にはまた勇者 メグリくくる @megurikukuru

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