⑤
「そぉぉぉたぁぁぁっ!」
「そぉたぁくぅぅんっ!」
黒服に拉致され、美人の双子姉妹に両脇を挟まれ、その状態で彼女たちの父親に対面するという人外魔境を経験した部屋で、俺は柚乃と詩乃の罵声に塗れ、怒号に溢れ、雑言が込められた声を聞いていた。うわぁ、そんな声出せるんだね、二人とも。
「どどど、どーゆーことなのよぉぉぉっ!」
「そそそ、そうですぅ! おかしいですぅっ!」
はてはて、一体何がおかしいというのだろうか? わからない事は、素直に聞いてみる事にした。
「え? 何か問題でも?」
「おーあり、おーありだしぃっ!」
「せ、説明をお願いしますぅっ!」
やれやれ、そうせがまれては仕方がない。だから小埜寺社長。これは俺、悪くないと思うんですよ? いくら娘さんが小埜寺社長を無視して、目の前で俺を押し倒していたとしても、俺は一切合切悪くはないというか、情状酌量の余地ぐらい残しておいてもらえると本当に嬉しいですお願いしますごめんなさいぃぃぃっ!
俺は二人を手で制して起き上がると、まず結論から述べる事にした。
「ゲームは、俺の勝ちだ」
「ぶっころ! ぶっころだしぃっ!」
「く、薬! 薬漬けですぅっ!」
いやぁ、息ピッタリじゃないか。やはりお互い思いのたけをぶつけ合えたのが良かったみたいだな。どう考えても、俺のおかげだ。つまり――
「ゲームは、俺の勝――」
「想太君。そろそろ話を進めないかい? 僕は、娘たちを人殺しにしたくないんだ」
良かった。小埜寺社長が止めてくれなければ、柚乃と詩乃に全力で絞められていた喉元が開放される事はなかっただろう。台詞が途切れていたのは、物理的に喋れなくなってたからさ。
四つん這いになり、咳き込みながら、俺は言葉を作る。
「二人がTBGで対戦した結果の意味は、わかるな?」
「引き分けだしぃ……」
「ど、ドローゲーム、ですぅ」
そう言いながらも、柚乃も詩乃も、その結果を受け入れられなようだ。俺は姿勢を正すと、双子に迫られる。
「で、でもでも、そんなのおかしいしぃっ!」
「そ、そうです! こんなの、変ですぅっ!」
「何がおかしくて、何が変なんだ?」
このルールも、お前たちから初日に教えてもらったんだぞ?
『勇者が負けるのと、ダンジョンコアが破壊されたのが同時に起きた場合はどうなるんだ?』
『そ、その場合は、引き分けになります。TBGで唯一のドローゲームになりますが、そ、そんなの私、今までみたことないですぅ』
『魔王が負けるのと、制限時間がなくなったり、勇者のライフがゼロになったのが同じタイミングで起きたら、ドローになるのか?』
『そーそー! まぁ、でも、引き分けになったの、あーしは見た事ないし、きーた事もないなぁ』
見たことはない。
しかし、可能性的にあり得るし、あり得た。
「つまり、お前らの勝負はこれに該当しただけだ」
「だーかーらぁ! それがおかしいって言ってんのーっ!」
「そ、そうですぅ! 新しく二つもアップデートがあって、こんな結果、変ですぅ! 出来過ぎですぅっ!」
「出来過ぎなら、どこかに作為があったんだよ」
俺の言葉で、双子の姉妹は全く同時に、そして全く同じ表情を浮かべる。俺の言わんとしたことに、思い至ったのだろう。
昨日は勇者で。
今日は魔王で。
明日の朝にはまた勇者。
つまり、勇者のレベルも、魔王のダンジョンも、全て俺が調節出来たのだ。
「で、でもあーしのVA!」
「わ、私のARは、どうしたんですぅ?」
「その両方のパラメーターの設定も、俺が見ているだろ?」
昨日は勇者で。
今日は魔王で。
明日の朝にはまた勇者。
俺が日替わりで見ていたのは、当日にアップデートする、柚乃の作った魔王側のVAの機能と、詩乃の作った勇者側のARの機能にも言える事だ。
双子が全く同じ表情を浮かべている。それは驚愕し、驚倒し、愕然としたものだった。
「う、うそでしょーっ!」
「で、でも、最後の、は?」
「そ、そーよ! あーしと、しの、互いに元々あった機能、つかったじゃんかぁ!」
「柚乃がARを使ってトラップを追加した事と、詩乃がVRを使って勇者を操作した事だな?」
「そ、そうですぅ! それがなかったら、絶対引き分けには――」
そう言いながら、俺の顔を見た柚乃と詩乃の表情に、理解の色が広がる。いやぁ、二人とも、本当に仲がよろしい事で。
「え、う、うそでしょ? そーたぁっ!」
やっぱり、気付くのは同時なんだな、と俺は少しだけ口を歪めた。
忘れてはいけないのは、彼女たちはTBGの根幹をなす、VRとARを実装できる実力の持ち主であり、自分の得意なシステムであれば、TBGで負けないという自負も持っていた。
だから、元々この美少女で、姉妹の双子は、プライドは高いのだ。
それでも自分の不得意な分野で戦う事になりながらも、足りないところを認められるだけの謙虚さが、この二人にはある。だからこそ、俺の協力を取り付けようともしていた。
だがしかし、そんな俺に、ポンコツポンコツと言われ続けたら、どうだろう? 彼女たちからすると、一世一代の大勝負。自分の大好きな姉妹のための戦いで、ポンコツポンコツ言われるのだ。
この二人は、この双子は、この姉妹なら、どこかで必ず、俺を見返してやろうとするのではないだろうか? 元々プライドが高いのであれば、なおさらそう思うだろう。
そして、実際、そうなった。
「で、でも待つんだしぃ! あーしたちの勝負の勝敗は、どちらがゲームを盛り上げたか、だしぃっ!」
「そ、そうですぅ! 勝負の結果ドローでも、わ、私たちの勝敗の結果には、なりませんっ!」
「……覚えてたのか」
「当たり前だしぃ!」
「そ、そのために、動画配信するのを許したんですからっ!」
「そうだしぃ! すぐにへんしゅーしようっ!」
「そ、そうですそうですぅ!」
「……いや、その必要はないと、僕は思うけどね」
柚乃と詩乃に答えたのは、俺ではなく、小埜寺社長だった。疑問符を浮かべる姉妹へ、社長はタブレットを取り出して、その結果を見せる。タブレットを備え付けのガラス張りの机へ置くと、既にそれは映し出されていた。
『にゃははははははっ! 前世現世来世未来永劫ショコラの奴隷のショコラ教の諸君! 見てくれていたかにゃ? リトバデス・プロダクションが開発中の、新感覚! VRとARを融合した、全く新概念のゲーム! その名も、『勇者と魔王の物語(Take the Bad with the Good)』っ! 略してTBGの、今の今まで闇のベールに包まれていた、そのクローズドβテストの、生放送にゃぁっ!』
「な、何これ、ぱぱ……」
「ど、どう言う事ですか? お父さんっ」
疑問を口にしながらも、既に結論は、動画配信者のショコラが告げている。しかし、それを受け入れられないのだろう。なら、それをもう一度言葉にしてやる必要がある。
「俺は、編集したい所があれば後で編集すればいい、とは言ったが、生放送をしないとは、言ってないだろ?」
「編集動画は、また後で会社の公式ホームページにアップしようか」
俺の言葉に、小埜寺社長も同意する。わかっていたとは思うが、小埜寺社長も、そしてリトバデス・プロダクションそのものが、俺の共犯だ。小埜寺社長の協力がなくてはこの生放送も出来なかったし、決戦の日にアップデートした内容で対戦するのが許されるわけがない。これはあくまで、リトバデス・プロダクションの未来を賭けたテストなのだ。社長の許しがなくて、実現出来るわけがない。
まぁ、柚乃と詩乃の会話とかは全部ミュートにして、生放送は全部ショコラの実況音声しか流れていないのだが。
「で、でも、どーして生放送なんだしぃ?」
「そ、そうですぅ! 何の意味が――」
『にゃははははははっ! ここでショコラから、じゅーだいニュースの発表にゃっ! にゃにゃにゃにゃーんと、このTBG! クローズではにゃく、オープンβテストとなるのにゃっ! プレイに必要な新型デバイスも、本日をもって量産大量販売決定っ! え? まだ予約受付てるだけにゃ? こまけぇこたぁいいのにゃ! とにかく今すぐ、みんにゃ! 今すぐすぐさま、さっさとポチるのにゃぁぁぁっ!』
「さっきから、予約の依頼で殺到さ。予想を上回る反響で、想定していたよりも格段に収益につながった。だから、うちの会社は、当面安泰だよ。ショコラさんの集客力と、想太君のプロデュース力のおかげでもあるけどね」
「ぱ、ぱぱ、本当? や、やった! やったよ、しのっ!」
「す、凄い! や、やったね、やったね、お姉ちゃんっ!」
柚乃と詩乃が、初めて俺の前で喜びを分かち合う。抱き合った二人を見て、小埜寺社長も少し涙ぐんでいた。
さぁ、そろそろ俺が請け負った仕事も終わりみたいだ。
「これで、崩れていた勝負の公平性(ゲームバランス)は元に戻ったな」
「……そーたぁ?」
「そ、想太くん?」
柚乃と詩乃が、疑問符を浮かべて俺の方へと振り返る。俺は二人を見つめ、確かめるように口を開いた。
「お前ら二人が社長の椅子に拘っていたのは、会社の経営難があり、それを小埜寺社長、そして誰かもう一人、その二人がいないとリトバデス・プロダクションが立ち行かなくなると思っていた。そうだな?」
この姉妹の中にあった想いは、結局のところ、この言葉に集約される。
自分が犠牲になるから、姉妹を助けて。
では、何故犠牲が出なければならないのか?
「柚乃と詩乃は、自分の好きな小埜寺社長が頑張って運営しているリトバデス・プロダクションが傾くのが、見過ごせなかった。幸い、デバイス、ハードウェアの技術は小埜寺社長たちが積み上げた力がある。しかし、ソフトは柚乃、詩乃に依存していた」
だから二人は、双子の姉妹は双子らしく、同じ考えにとらわれた。
自分が支えなければ、大好きな父親の会社が潰れてしまう。
自分が残らなければ、姉妹が犠牲になってしまう。
だったらいっそ、自分が犠牲になればいいと、そう思い込んでしまったのだ。
そして、ここまで来た。
バカなのだ。アホなのだ、この姉妹は。だから誰かが言ってやらねばならない。
だから、俺がわざわざ言ってやる。
「お前たちはバカで、アホだ」
そんな不公平、あっていいわけがない。いいわけがないし、間違っている。間違っているのなら、正さなくてはならないのだ。
それが、崩れていた公平性。
柚乃が幸せになること。
詩乃が幸せになること。
それは、同時に成し遂げられるし、成し遂げられなければならない事なのだ。
「勝手に片方に忖度して、勝手に自分自身を諦めて。お前ら、さっきの勝負で言ってたよな? 全く同じこと言ってたよな?」
それは、わざわざ俺が言う必要はない。何故ならもう、理解しているからだ。
大切なら大切だって、ちゃんと言葉にしたのだから。
「あ、あーしと、しの、は――」
「げ、ゲーム、作るの、好きで――」
「い、いいの? しの。ゲーム以外の事だって――」
「お、お姉ちゃんこそ――」
「なら、二人とも会社に残りなさい」
そう言って、小埜寺社長は二人の娘を抱きしめた。
「僕もまだ、引退する歳じゃないよ。柚乃と詩乃、二人が残りたいと言ってくれるのなら、是非残ってくれ。ここは、この会社は、リトバデス・プロダクションは、僕たちの家みたいなものじゃ――」
音もなく、扉を閉めれたと思う。俺に言うべき言葉がないのなら、俺はもうここから立ち去るべきだ。小埜寺社長とも、既にそう言う話はしている。こういう時こそ、クルールに去るべきだ。
帰路につきながら、俺は少しだけ柚乃と詩乃の事を思った。彼女たちは、あの双子の姉妹は、きっとこれからもっと仲良くなり、そして一緒にゲームを作っていくのだろう。そして、俺の目の前からすぐにいなくなるはずだ。
二人が俺の通っている学校に転校してきたのは、姉妹喧嘩の決着をつけるためだ。そして、その決着は、今日ついた。だからもう、もともと通っていた高校に戻るか、もっと別の場所に転校するかするだろう。それこそ、姉妹仲良く一緒のクラスになれるような、そんな学校がいい。その方が、今の柚乃と詩乃にはお似合いだ。
この一か月。高校生になってからの時間は、殆どの時間を柚乃と詩乃、どちらか一方と過ごしてきた。そんな騒がしい日々も今日で終わりだと思うと、少し寂しくなる。ただ、後悔はない。あろうはずがない。
何故なら俺は勝利条件を満たし、ゲームに勝ったのだから。
そして俺の信念は、いつも一つ。
ゲームは皆、楽しくね。
扉を閉める時見た、小埜寺社長、そして柚乃と詩乃の姉妹、彼らの泣き笑いが、その成果だ。
その結果を目指さずして、柚乃、詩乃、そのどちらか片方を選ぶだなんて。
「どっちもどっちも選べねぇ……」
俺は誓ったのだ。全員幸せにしてやる、と。
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