俺とミリアさん

「本当に、この街を去ってしまうのですか……?」


 ほろほろと涙を流しながら、マキノ牧師が俺の服に縋りついている。

 正直鬱陶しい。ちなみに、このやり取りは昨日から何十回と繰り返している。そろそろ飽きた。


「牧師、しつこい。俺たち顔バレしてるもん。もうこの街にいれないって」

「ううっ、わたしの子どもたちが……ッ」

「育ての親ね。育ての。手紙くらい送るから、元気出してよ」

「しおおおおおおおおおおッ」

「あああああッ!! またこのパターン!!!」


 牧師の肩を叩いた瞬間、シオが熱い抱擁に飲まれた。成仏しろよ。


「おい、そろそろ出発するぞ。夜明けの時間は短いんだ!」

「いや、キリウス。お前、本当にいいのか?」

「何度も言わせるな」


 腕を組んだキリウスが、ハキハキしている。

 今回の作戦の立案者でもあり、相当な協力者であるけれど、忘れてはいけない。彼は貴族のお坊っちゃんだ。

 眉間に皺を寄せたキリウスが、不機嫌そうに口を開く。


「サンブラノを自殺へと追いやった責任を感じ、贖罪の旅へ出ると言っただろう」

「もうそれ、俺たちについてきたいだけじゃん!」

「悪いか?」

「開き直ったよ、この坊っちゃん!!」


 開き直りを指摘すると、ますますキリウスが眉間に渓谷を刻んだ。


「うるさい!! ここでひとりにされてみろ!? 僕はどうやって生きていけばいいんだ!?」

「知るか! 自分で考えろ!!」

「考えた末がこれだ! いいか。僕はまだお前から受けた雪辱を果たしていない。執念深く追いかけるからな……!」

「こわいこわい! もっと素直に『一緒に行こう☆』みたいに言えばいいだろ!? いや、お前お世継様じゃん! 大丈夫かよ!?」

「いやだ僕は魔術研究者になるんだ」

「家出じゃねえか!!!!」


 キリウスがぷるぷると蹲る。

 いいのか!? お前ん家、滅ばない!? 大丈夫!?

 彼のおつきであり、今回のお手伝いさんが、ハンカチで目許を拭っている。

 ほら! 嘆き悲しんでる!!


「坊っちゃんにこんなにもお友達が出来るだなんて、感無量でございます……ッ!!」


 そっちか~~~~~!!!!!

 

 背後からそっと肩を抱かれ、反射的に肘が出る。くそっ、防がれた。


「ニア、シュミーズドレス姿も可愛かったよ。履き慣れない靴によろよろして、初々しかったなあ」

「記憶ごと抹消してやろうか!?」


 ルークに背中を取られ、逃げ出そうともがく。

 ちなみにあのミリアさんの服は、待ち合わせ場所のここ、教会についた瞬間に着替えた。盛大に汚してごめんなさいした。

 急を要していたし、ミリアさんの服だったから着れたけど、ドレスは二度と着ないって誓えるわ。うん。


「今度は、俺のために着てよ」

「金積まれたって着ねーわ!!」

「いたたっ」


 思いっきり足を踏みつけ、緩んだ拘束から抜け出す。

 大体、俺はお前を許してないからな!!

 シオから聞いたぞ! うちのシオにセクハラすんな!!


 作戦当日のルークの動きは、完全にイレギュラーだった。

 そうだった。雇われてるとか何とか言ってたもんな……。いるってことをすっかり忘れていた。

 シオを存分に追いかけ回し、変装している俺のことも追いかけ回した。

 けれど、彼が本気を出せば、俺たちを捕らえることなど容易い。実証済みだ。

 あえて手を抜き、愉快犯のまま追い立てる。

 ほんっとこいつ、ジョーカー……。


「ニア、君の行くところ、どこへでもついて行くよ」

「宮廷に帰れよ、宮廷魔術師! こんな教会に居座るな! ついてこようとするな!!」

「じゃあ、三食昼寝つきを約束するから、家においで」

「失せろッ!!!」


 踏まれてもルークはにこにこしている。

 いい加減、そのにこにこをやめろおおおおッ!!!


 混沌としていた俺たちの様子に、困り顔を見せていたミリアさんの手を掴んだ。


「行きましょう、ミリアさん!」

「は、はい!」

「ばいばい、マキノ牧師~!! シオ、先行くぞー!!」

「にあああああああああああああッ!!!!」

「待ってよ、ニア!」


 号泣するマキノ牧師へ手を振り、教会を飛び出す。

 ミリアさんの手を引き、夜明け前の澄んだ空気の中を走った。


「ミリアさん、俺、こんなですけど、ミリアさんのこと、だいすきです」


 ぱっと振り返って、ミリアさんの両手を握る。見開かれた彼女の目が、うれしそうに細められた。


「……はい」

「はじめて会ったときから、ずっとすきでした。立場の違いとか、婚約者とか、いろいろあるのに、諦められませんでした」

「はい」


 ミリアさんが手を握り返してくれた。たったそれだけのことで、切ないくらい胸がいっぱいになる。


「いっぱい苦労をさせてしまいますが、……それでも、俺と一緒に来てくれますか?」


 言葉が震えた。顔が熱くて仕方がない。

 貴族のミリアさんに、庶民の、それも流浪の生活を強いるんだ。きっと、馴染むまで苦しいだろう。

 彼女の居場所がなくなってから、こんな交渉持ちかけるなんて、俺はずるい。


 ミリアさんは穏やかな顔をしていた。彼女のこの滑らかな手も、荒れてしまうだろう。


「……ドーナツ」

「はい?」

「あなたが最初に買ってくれたドーナツ。パサパサしていたけれど、思っていたよりもおいしかった」


 学校で聞いていた丁寧な言葉遣いを崩したミリアさんが、握る手に力を込める。

 やんわり緩んだ彼女の瞳が、涙の膜で揺れた。


「わたくし、ドーナツが好きみたい」

「ッ!!」


 うれしかった。好きなものを『特にない』と答えた彼女が、受け入れてくれたことが。線引きされた内側に入れたことが。

 ミリアさんの背に腕を回して、華やいだ気持ちのままに喜んだ。

 ぴょんぴょん弾む俺を、ミリアさんが笑う。

 はじめて見た彼女の笑顔は、頬を淡く染めた、大変かわいらしいものだった。

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俺、ヒロイン。悪役令嬢に求愛してんの ちとせ @hizanoue

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