事後処理と種明かし02

 ニアとシオは双子ではあるが、性差がある。

 どれだけそっくりな見た目をしていても、成長するごとに差は開いていく。

 ニアはわざと声音を低くし、シオはわざと声音を高くした。

 ふたりの無理のない範囲で近づけられた音程は、そっくりを維持した。



 ルークに追われるシオが歯噛みする。ミリアと合流していない現段階で、騒ぎを起こすことは得策でない。彼は焦っていた。

 廊下は一本道であり、ミリアの部屋から遠退く訳にもいかない。

 しかし、ルークをミリアの部屋まで連れて行くこともできない。


 彼が内心悪態をつく。

 甚振るように一定の距離を保ち続けるルークを、如何にして振り切るか。彼は思考を巡らせていた。


「待てまて~!」


 何より彼の神経を逆撫でする、ルークのにっこにこの笑顔。

 どれほど顔が整っていても、許されることと許されないことがある。笑顔で追い掛け回されるシオは、明らかに正気度が減退していた。


 ――がんばれ、がんばるんだ、ぼく! これまでにも、無茶苦茶でどうしようもない奴をどうにかしてきた!

 今回のは、ちょっと度合いが過ぎているだけ。大丈夫、ぼくならできる!!


 ニアも大概脳筋であるが、シオも大体脳筋である。

 廊下を一巡し、階段へ飛び出したシオが、手摺りを飛び越した。ルークがそれを追う。

 勢いのまま、少年が対面の壁を蹴った。


「おっと」


 同位置の壁を蹴ったルークの足が、氷をまとって凍りつく。びたんっ、彼が逆さまに壁からぶら下がった。

 階段に着地したシオが、わき目もふらずに段差を駆け上る。

 置いてけぼりにされたルークが、おやおや目を丸くした。


「これはまた、器用に凍らせてくれたね……」


 頑丈に氷で覆われた両足に、彼が苦笑する。

 無理に切り裂こうとすれば、生身まで傷つけるだろう、加減の難しい厚みだった。


 一方、無事にルークから逃げのびたシオが、ようやくミリアの部屋へ辿り着く。

 部屋には夢見心地に頬を染めた、髪の短い使用人がいた。何となく事情を察したシオが、遠くを見詰める。


「ミリアさん、大丈夫?」

「し、シオ! は、はいっ、大丈夫です!」


 こくこく頷くミリアが、もじもじ頬を赤らめる。


 ――ぼくが必死に逃げ回ってる間に、いちゃいちゃされた。


 シオがニアのほっぺをぐりぐりする決意をした瞬間だった。


「じゃあ、これから脱出のために騒ぎを起こすよ。ミリアさん、召喚術でネズミとコウモリをいっぱい呼び寄せて」

「は、はい!」


 いくら使用人に扮装したとしても、人数が増えれば不自然だ。

 シオとニアは特徴的な髪色のため、記憶に残りやすい。そしてミリアひとりを邸内へ向かわせることも危険だ。

 ならば先方に見送りさせず、雑に追い出されればいい。

 ミリアが呼び寄せた動物たちにより、邸内は混沌に見舞われた。


 この間、ニアがミリアへ贈った氷像を砕き、痕跡を消した。ミリアが泣きそうな顔をしたが、シオは心を鬼にした。

 最後にキリウスから預かった手紙を机に置き、ぱらぱらと便箋を散らす。

 さも、傷心のあまり投身自殺を図ったかのように、演出を施した。


「ミリアさん。これからニアと合流するまで、あなたのことを『ニア』と呼びます。決して喋らないで、指示に従ってください」

「はいっ」

「では、行きましょう」


 扉の向こうは、悲鳴と足音、ばたばたとした暴れる音にあふれていた。

 階段の上から、「ミリアお嬢様が逃げ出した!!」怒号が上がる。シオの後ろに隠れるミリアが、びくりと肩を跳ねさせた。


「ニア、大丈夫。堂々としていて」

「……ッ」


 こくり、短い銀髪を頷かせ、ミリアが歩みを進める。

 驚くほど誰も彼女に気がつくことはなく、応接間のキリウスの元まで辿り着くことができた。

 サンブラノ卿の挨拶もそこそこに、全員揃って屋敷から追い出される。

 誰も、彼女をミリアだと見破る者はいなかった。


「キリウス、ミリアさんをお願い。待ち合わせ場所で合流」

「わかっている」


 キリウスがミリアの手を引き、馬車へ乗せる。

 シオが使用人のジャケットを脱ぎ、黒い上着を羽織った。

 周囲は宵闇を迎え、空に残った明度が徐々に失われていく。扉を閉めようと手をかけたシオに、ミリアが縋りついた。


「どうかニアをッ、ニアをよろしくお願いします!」

「もちろん」


 ニアよりも控え目に、シオが笑う。

 扉を閉じた馬車が走り出した。バルコニーを目指して、シオが駆ける。


「ミリア・サンブラノは、今日、ここに散ります!!」


 澄んだ高い声が響き渡った。白い塊が、バルコニーから落下する。

 シオが跳躍した。ニアへ腕を回し、計算した軌道の通り木陰へ突っ込む。

 衝撃を殺すため地面を転がり、ふたり揃って、ふいー、息をついた。


「ナイス、シオ!」

「ニアもぐっじょぶ」


 草まみれの泥まみれになりながら、双子が互いの手を合わせた。

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