想いのシャボン玉

藍葉詩依

想いのシャボン玉

 街を少し外れ小道へと入るとお店の看板は一気になくなり、カフェがありそうな雰囲気はない。道を間違えたかと思い現在地を表示させてみたけどCPSはしっかりと私がいるところをさしていた。


「えぇ……」


 間違えいる訳ではなさそうなのに見つからないなんて、閉店した?でも閉店してたとすると既についてるはずの彼女から連絡があってもいいはずだし……


 困り困って私は彼女に電話をすることにした。

カフェにいたら迷惑かとも思ったけどメールにすると気づいてくれるかわからないしね。


「もしもし?」

 4回ほどコール音が続いたことによって出てくれないのではと思ったけど出てくれてよかった。


「もしもし、雪?お店の場所がわからなくて……GPSはたしかに今いる場所をさしているんだけど……」

「わかりにくいよね、ごめん。オムライス屋さんが1つあると思うんだけどその横に緑色のようなエレベーターない?」

「んーと……あ、あったよ」

「そこの5階。待ってるねー」

「え、ちょっと」

 待ってという前には電話を切られてしまった。


 確かに押し扉のむこうにはエレベーターがあるのだけどそれまでの道は人ひとり入れるかどうかという細さでカフェ名などもない。入って大丈夫なのかなぁ……。


 でも待ってると言われてしまったし、行くしかないよね?


 不安になる自分を言い聞かせエレベーターーに乗り、5階を押す。


 ピコン。という音とともに開いた先にあったのは確かにカフェで、私は安堵した。


 見つけにくい場所だからか席はそれほど多くないけど外からは想像がつかないほど広かった。


「いらっしゃいませー、お客様何名様ですか?」

「友達と待ち合わせしているんですけど……」

「ご友人様のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「城ヶ崎です」

「かしこまりました。先程ご来店されましたのでお席までご案内いたしますね」

「ありがとうございます」


 上着を預け案内された席へ行くと相手も気づいたのか手を振ってきた。


「ちゃんと会えてよかった」

「それ私のセリフだよ」


 1年は経っていないとはいえ雪と会うのは久しぶりで嬉しく思う。


 雪は既にコーヒーとガトーショコラを頼んでいたようで私も同じものを頼み、それぞれの近況を話あっていたけど途中から1人の話へと変わっていった。


「相川くん、目覚めないね」

「そうだね……」

「手術は成功したって言ってたのに目覚まさないと怖くなるよね」

「うん……」

「私たち、相川くんに星空見せてよかったのかな」


 相川くんは私に癌になったと伝えてくれた日、手術は受けないとはっきり言っていた。生きようと足掻かずに流れに見を任せようと考えていると真っ直ぐ伝えてくれた。


 だけど私たちと星空をみたその次の日から相川くんは手術をすると言い出した。正直私はよかったと思った。生きることを望んでくれたことが嬉しかった。手術する、この一言にどれほどの覚悟があったのかも知らずに心から喜んだ。


 死と隣り合わせの手術なんて絶対怖いのに。

何も知らずに頑張ってねと簡単に伝えた私を今ならバカだと思う。


「良かったんじゃないかなって思うけど、決めるのは本人だからわからないよ」

「そうだよね……」


 雪の言葉はその通りで、相川くんの気持ちを聞ける日が来ることを私たちは願うしかないことも分かっていたけど心は沈んでいく一方で。


「るみ?大丈夫?」


 気づけば私は泣いていた。なぜ泣いてるのかは私にもわからないのに涙は止まらなくて。


「だ、大丈夫」

「大丈夫じゃないでしょ、もうー」


 そう言いながらハンカチを渡してくる雪はお母さんみたいで少し笑ってしまった。


「ティッシュもあるよ」

「ありがとう……」


 本当にお母さんみたいだなぁと思ったのと同時にティッシュがティッシュケースに入ってることに女子力の差を感じてしまった。


「女子力わけて……」

「泣いていた理由それ!?」

「うん」


 違うのはもちろん雪も知っているだろうけど、私が誤魔化そうとしていることに気づいてくれたみたいで私が泣き止むのをひたすら待ってくれた。


「もう大丈夫、ありがとー」

「どういたしましてー」


 雪からもらったハンカチとティッシュポーチを返そうとした時にキーホルダーがついてることに気づいた。


「これ、レジン?可愛いね」

「ん?あぁ、そう!もらったんだー」

「へぇ……誕生日プレゼント?」

「ううん、不思議な女の子から!」

「ふ、不思議な女の子?」



 場を明るくしようとそう言ったのかと思ったけどそういう訳でもないみたいで、雪は女の子とあった日のことを事細かに教えてくれた。


「夢、とかじゃないの?」


 雪の話は女子高生が作ったシャボン玉にあたったあとペットだったうさぎと話ができたということだったけど、ちょっと素直に信じるのは難しくて言ってしまった。


「私も何度も夢なんじゃないかって思ったんだけど……キーホルダーは確かにここにあるから、信じてもいいかなと思って」


 雪は一瞬困ったような顔をしたけど、すぐに思い直したのか言葉を繋げた。


「そっかぁ、ちなみに女の子と出会った公園ってどこの公園なの?」

「星空公園っていうところだよー、街からだと遠いけどね」

「そっかー……女の子の名前とか知ることが出来たらいいね!」

「うん!また会えることを願ってる!お礼も言いたいしね!」


 雪は用事があるということで別れ、私は相川くんのいる病院へと向かった。


 お見舞いに来たって何も出来ないのはよく分かってるけとそれでもそばにいたいと思った。


 今日も変わらず寝ていて、いつ目を覚ましてくれるのだろう……。


「また、連れていかれてしまうのかな……」


 大好きだったお母さんとお父さんは事故で亡くし、引き取ってくれたおばあちゃんでさえも連れていかれてしまった。


 おばあちゃんが亡くなった日、私は人を好きになるのをやめようと思った。好きだと思った人は皆連れていかれてしまうから。


 寿命だったとか、偶然だという人がいるのはもちろん分かっている。それでも私は偶然だと思えなくて誰かを好きと思う感情に蓋をし、伝えることをやめた。


 なのに、それなのに。相川くんも連れていかれてしまいそうだなんて嘘でしょう?信じて待っていなければと頭ではわかってるのに連れていかれてしまう想像が拭えなくて怖い。


「相川くん……好き。大好きだよ」


 蓋をしめて伝えてはいけないとあんなにも言い聞かせていたのに涙とともに言葉が漏れた。


「お願い。目を覚まして……」


 私のすすり泣き声だけが響くのがなおさら寂しくて、身はよじれそうだったけどすぐにナースの人が来た。


「あのう……そろそろ面会時間終わりですよ」

「あ、はい。すみません……また来ます」


 相川くんの病室を後にし外へ出ると冬だからか外はもう真っ暗だった。


「今日三日月なんだ……」


 ふと、雪の話を思い出した。夢のような奇跡の話。

もし、もし元気な相川くんと会えるなら、話が出来るのなら私は会いたい。あって話をしたい。相川くんはなくなった訳では無い、雪があった女の子に会える確証なんてもちろんない。それでも、それでもかけてみたくて私は公園へと走り出した。


❀.*・゚❀.*・゚❀.*・゚❀.*・゚❀.*・゚❀.*・゚❀.*・゚


「やっと、ついた」


 冬の公園に来る人は誰もいなくて、降り積もった雪の上にあるのは私の足跡だけ。


「さっむ……」

「真冬ですからねー、今」

「え……?」


 後から声がかかり、振り向いてみるとマフラーに手袋をしてガウン姿の知らない女の子がいた。


「はじめまして、如月るみさんですよね?」

「そう、ですけど……なんで私の名前を?」

「聞いたんです。あなたのことを」

「誰から?」

「それは秘密です」


 もしかして、この子が雪が言っていた女の子?


「あの、私!」

「会いたい人がいるんですよね?」

「はい」


 女の子は私が何も言わなくてもわかってるようで、

それ以外は何も聞かずに、鞄をゴソゴソと探り始めた。


「了解です、叶えますよ。あなたの想い」


 女の子が息を吹きかけできたシャボン玉は私を包みこみ、目を開くと景色がなくなっていた。


「ここ、は?」

「如月……?」


 この、声って……間違えるはずがない。少し聞かなかっただけで声を忘れるなんてことは無い。


「相川くん……」

「まさか本当に会えるなんて」


 目の前にいる相川くんはベットに横たわっている訳でもなくて、しっかりと立って照れくさそうに笑っていた。


「相川くんは……亡くなってないよね?」


 先程まで寝ている姿をしっかりと見ていたのに雪が出会ったのは亡くなったウサギだったという話を思い出し、怖くなった。


「勝手に殺さないで欲しいなー、身体は眠ったままだけど心、魂は元気だよ、ちゃんとみんながお見舞いに来てくれてるのも声掛けてくれてるのも全部知ってる。ゴメンね反応出来なくて」


「そっか……反応ができないのは仕方が無いよ」

「今日もお見舞い来てくれていて嬉しかったよ、ありがとう」

「え、あ、いや全然。私が好きでしてるんだし」


 ん?お見舞いに来ているのも知っていて、声をかけているのも知っているっていうことは……もしかして独り言とかも全部聞こえてる?


「如月?顔色真っ青だけど、大丈夫?」

「だ、大丈夫!!相川くんは私の心配より自分のことを心配しなよ!」


「それもそうか……。ねぇ如月泣かせてごめんね」


 泣かせてごめんというのは今日のことだろうか。


「私こそ勝手に不安になって泣いてごめん、うるさかったよね?」

「うるさいとか、そんなことは全然ないよ。むしろ泣いてる人にこう思うのすごく失礼だとは思うけど嬉しかった」

「嬉しい?」

「うん、僕のことを想って泣いてくれたのが嬉しかった。泣かせてるの俺なのに嬉しいっていうのは最低かなって思うけど」

「最低なんかじゃないよ!!泣いてほしいって頼まれたわけじゃない!私が勝手にないていただけだもん!」


 相川くんは私になにか言おうとしたけど言葉は飲み込まれた。


 会って、話をしたくてここまで来たけれど今ここで私の気持ちを伝えるのは何か違う気がして何を話せばいいのかわからなくなった。


 数秒見つめあっていると、立っている場所から光が溢れ出した。


「え……」

「ねぇ如月、僕の目が覚めたら僕の話きいてくれる?」

「うん!もちろん!」


 私たちが会話をしてるあいだにも光はよりいっそうあふれだし次第にその光は円を作っていった。それはまさにシャボン玉で、この時間は終わりなんだということを察した。


「また会おうね、如月」


 相川くんも察したのか笑顔で手を振っていた。


「うん!絶対、絶対また会おうね!相川くん!」


 私も負けないように手を振り返す。そんな私ごとシャボン玉は包み込んだ。


 目の前は真っ暗。真っ暗な中で音がする。バタパタと歩いたかと思えばコポコポコポってなにかを注ぐ音。カチャカチャと混ぜる音。


 音につられ、目を開けるとオレンジ色のあたたかい光が私を出迎えた。


「ここって……」


 私は何故かベットの上にいた。周りを見渡すと見たことがないキャラのぬいぐるみが数個並べられていて、ゲーム機が散乱していた。



「起きたんですね、おはようございます」

「あ、あなたシャボン玉の……」


 女の子は外であった時の格好とはかなり変わり、ワンピースに薄手のカーディガン姿となっていた。


「おかえりなさい。さすがに真冬で外で寝られると困るので運びましたー」

「そうだったの……じゃあここってあなたのおうち?」

「違いますよ?私立聖菓学園です」

「学園?学園って勝手に入ったらダメでしょう?早く出ないと」

「大丈夫ですよ、ここの理事長がこいって言ったんですからー」

「え、理事長と知り合いなの?」

「まぁそうですね。そんなことよりココア飲みます?」


 さっきの音はココアを作っていた音だったのね……。


「ありがとう。いただきます」

「それで?会いたい人には会えましたか?」

「うん、会えた。あなたのおかげ、ありがとう」

「私は何もしてないですけどね。会いたい人に会って、今後どうするかは決まったんですか?」

「うん……相川くん、会いたかった人が待っててと言ってくれたの。だから私は何ヶ月でも何年でも相川くんを待ってみる」

「そうですか……きっとまた会えますよ」


 慰めのつもりなのかもしれない。それでもこの子に言われると本当に会えるような気がするから不思議だ。


「るみさん、この先きっと不安に押しつぶされる日があると思います。それでも待ち続けるというならお守り変わりにこれをどうぞ」

「これって……」

「レジンのキーホルダーですよ、あなた用の。雪さんも持っていたでしょう?」

「雪と私が友達ってこと知っていたの?」

「もちろんです!」


私用のキーホルダーといわれ渡されたのは丸いレジンで左側に月があって右側には小さいハートが円を縁どっていた。なかには雪の結晶が入っていて雪が持っていたものとはまた違う可愛さがあった。


「ねぇ、教えて?結局あなたは」


 何者なの?と続けようとしたけど、その言葉は勢いよくあいた扉の音で遮られてしまいその音と入ってきたのは私と同い年くらいの男性だった。


「こーら、そこの2人ちゃんと元気になったんなら帰んなさい」

「あ……ご、ごめんなさい」

「はーい!帰りまーす!じゃあるみさん!おっさきー!」


 そういうと女の子はかけてあったガウンとマフラーを身にまといはじめ入口へと向かった。


「あ、ちょっと待って!またあの場所行ったら会える!?それにあなたの名前は!?」

「るみさん、質問攻めですかー?会えるかどうかは神のみぞ知る事ですし、名前は次会えたら教えますよ!では!」


「行っちゃった……」

「こうって決まったら行動早いからなぁ、あの子は」

「あ……す、すみません私もすぐおいとまするので」

「急がなくて大丈夫ですよ」


 結局私は帰り道がわからずに最寄りの駅まで男性に送ってもらうこととなり、家に無事たどり着くと安堵からかまた目を閉じた。


❀.*・゚❀.*・゚❀.*・゚❀.*・゚❀.*・゚❀.*・゚❀.*・゚


 あの日から何ヶ月という月日が立ち、また冬がやってきた。相川くんは変わらず目を閉じたまま。


 ちなみにあのあと何度か星空公園へ行ったけど女の子とは出会えていない。


 今日もまたお見舞いへ行こう。目覚める日を信じて。



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