ポリコレファンタジー
ゲームで遊んだ者なら、誰もが一生のうち一度は思うのではないだろうか?
「ゲームの中に入ってみたい」と。
ゲームの中で、本物の英雄になってみたいと。
俺は、その夢を叶える事に成功した!
いつものように布団に入った俺は、目が覚めた時目の前の光景を見て驚いた。
街の様子も!人々も!以前実況動画で見た、あるゲームそのままだという事に気付いたのだ!
おまけに、俺の姿もゲームの中の主人公そのものだ!
見ろよこの筋肉!身長!パワー!
某ダークファンタジー物の竜殺しの大剣も振り回せそうな、この丸太のような腕を!
文章じゃわからないって?ああ、ごめんごめん。
つまる所、俺はゲームの主人公「勇者アレキス」となっていた。
確かゲームのタイトルは「シャイニングウイング」だったと覚えている。
海外産の王道アクションRPGだ。
プレイした事はないが、別のゲームに入っている宣伝ムービーを見た事があった。
上で述べた通り、実況動画も見た事がある。
しばらく家で、自身の海外ゲーム特有のマッチョボディに酔いしれていると、突然国の兵隊がやってきた。
なんでも、国の女王から召集がかかったらしい。
王道の勇者任命イベントだ!
俺は喜び勇んで城に向かった。
道中、俺は国の女王の事について考えていた。
海外のゲームの為、いかにもな萌えキャラという事はないだろう。
だが、普段から海外の巨乳お姉さん達の画像にお世話になっている身としては、やはりそういう方面の期待をしてしまう。
そして城の大きな扉を開き、待っていたものは………。
「お待ちしておりました、勇者アレキス」
………は?
俺は思わず、目が点になった。
目の前にいたのは、女王に相応しいきらびやかな衣装に身を包んだ………小太りのオバサンだった。
いや、オバチャンと言った方がいいだろうか。
実はリアルの俺は日本人なのだが、町内会でこういった感じのオバチャンを見た事がある。
海外クオリティで作られたブロンド巨乳美熟女BBAはどこ………どこ………?
というか、街の感じは近代~中世のイギリスかヨーロッパっぽいのに、なんで国の女王がアジア人のオバチャンなの………?
目の前にいる女王を名乗るオバチャンは、俺に「なんか魔王が復活したらしいからやっつけてきて」みたいな事を言われた。
「頼みますよ勇者アレキス、世界の未来はあなたにかかっているのです!」
まったくやる気の出ない激励を受けながら、俺は思い出していた。
このシャイニングウイング、開発当時に人権団体だか何だかが幅を効かせていて、それに忖度した結果「某有名RPGの鳥がいる方からビジュアルを引いて、代わりにポリコレを入れたような感じ」「ポリコレファンタジー」と言われていた事を。
キャラデザとストーリーは最悪、ゲーム性は平凡のこのゲームは満場一致で「クソゲー」という評価を受けていた事を。
魔王討伐の旅に出る事になった俺は、王国から仲間がつく事になった。
スキンヘッドのアフリカ系の女戦士。
イタリアの男のような髭面のアサシン。
タイのオッサンのような魔法使い。
運良く仲間に女が居たが、どう見てもゴリラだった。
しかもハゲ頭の。
無論、可愛くない。
美人ですらない。
アフリカ系という訳で爆乳を期待したが、しっかり着こんだ鎧で解らない。
男の俺と同じレベルの筋肉を見るに、乳房すら期待できないだろう。
酷いのが見た目だけだったなら、戦闘で頼りになる仲間ぐらいの認識で済んだだろう。
だが。
「オイコラ勇者オラーーーン!」
ボゴーッ!
いきなり女戦士が俺を殴ってきた。
女戦士の力は凄まじく、俺は2m吹っ飛んだ。
「な、何するんだよ?!」
「オラーーーン!お前街の女を性的なまなざしで見てただろうがオラーーーン!」
この女戦士、人権団体への忖度の結果、インターネットで暴れまわるフェミニストのような性格になっていた。
俺が街の女を見ただけで、このように殴ってくるのだ。
そもそも性的なまなざしで見ようにも、モブですらハンバーガーのパンみてーな顔のブスばっかだからな!?
これをどう性的にまなざせと?!
「またセクハラ目線で見てたなオラーーーン!」
ボゴーッ!
また女戦士が俺を殴る。
体力ゲージこそ見えないが、ガリガリ削られて減っているのが、なんとなく感覚で解った。
モンスターと戦闘すらしていないのに、混乱も操られもしていない仲間に攻撃されるとは、思ってもみなかった………。
道中、森に入った俺達は洋ゲー特有のグロテスクなモンスターに襲われつつも、なんとか出口までの半分ぐらいまで来ていた。
太陽が沈み、俺達は野宿する事になった。
見張り役を押し付けられた俺は、パチパチと燃える薪(たきぎ)を前に、泥水のようなコーヒーで眠気を覚ましながら、皆の寝床を守っていた。
俺の顔は、傷だらけだった。
モンスターの攻撃ではない、女戦士が事ある事に「オラーーン!」と殴ってきたからだ。
まさか敵の攻撃より仲間から受けた攻撃の方が多いとは、思っていなかった。
敵のゴブリンも、心なしかドン引きしていたように見える。
「………はぁ」
思わずため息が出た。
だってそうだろ?
剣と魔法のファンタジー世界には、きやびやかな魔法と美少女がつきものだ。
だがここにあるのは、ブスと血みどろのグロまみれ。
いくら洋ゲーでも、これは酷すぎないか。
このゲームの評価はあくまで日本国内の物だったが、本国ではどうなんだろう。
少なくとも好評は得られていないと思う。
これじゃ、現実の方がまだマシだ。
「アレキス」
背後から声をかけられた。
そこに居たのは、アサシン。
相変わらずのイタリアンな口髭を生やして、こっちを見つめている。
今にも「マンマ・ミーア」とでも言いそうだ。
「隣、いいか?」
「お、おう、いいよ」
一緒に見張りをしてくれるようだ。
暇潰しに話もできてハッピー、と俺は思った。
………思えば、この時に気づいているべきだったんだ。
こいつが俺に向けている、その野獣のような眼光に。
「………アレキス」
アサシンが俺を呼んだ。
ここで俺は、アサシンの口調や視線がどことなく可笑しい事に気付いた。
「な、なんだよ」
「………お前………イイオトコだよな………」
艶がかった声を聞いて、俺はコーヒーを吹き出す前に、サーッと血の気が引いてゆくのを感じた。
「イイオトコ」。古いネットユーザーなら、これが何を意味するかは解るだろうし、俺にも解ったから。
気づけば、アサシンは俺との距離を詰めてきた。
そして、その胸毛ボーボーの逞しい胸板を開き、一言。
「オレとイッパツ、ヤ、ラ、ナ、イ、カ?」
その時だった。
俺のストレスと恐怖が結びつき、ピークに達したのは。
「うわああぁぁぁあああぁあああーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッ!!!!!!」
頭がおかしくなりそうだった。
いや、もうおかしくなっていたと思う。
俺は、言葉にならない叫びを上げて、その場から逃げるように走り出した。
こんな所には一瞬たりとも居たくなかった。
泣き叫び、恐れ、狂い、もがいた。
暗闇の中だろうと関係なかった。
今にも、あの女戦士が俺に殴りかかろうとしてくるように思えたから。
立ち止まれば、あのアサシンに襲われてしまうのではと思えたから。
暗い暗い森の中を、俺はこの世界への怒りと、こんな世界を作ってくれやがったゲーム会社への憎しみを撒き散らしながら、何処かも解らぬ場所向けて走っていった………。
………あれから、どれだけの時間が過ぎただろう。
気がつけば、俺の目の前には湖があった。
綺麗な湖だ。
木々の間から、太陽光が差している。
どうやら、朝のようだ。
アサシンから逃げ出して、ここに来るまでの記憶が曖昧だ。
どうやら、俺は疲れはてて眠ってしまったようだった。
………これからどうしよう。
たった一人で森の中を走ってきた俺は、パンパンに腫れた脹ら脛を揉みながら、そう考えていた。
これは、勇者パーティーを追放された事になるのだろうか?
いや、勇者は俺だ。
追放ではないだろう。
とはいえ、逃げ出した事には変わりない。
だが、後悔は無かった。
あんなパーティーでは、近い内に俺の精神が壊れていただろう。
何よりあのパンみたいな顔のブスまみれの国を、守ろうとは思えない。
そもそもあの国には何の思い入れもない。
女王ことアジア人のオバチャンには、勇者の選別を誤ったと思ってもらおう。
幸い、武器と所持金の一部と、僅かな食料は持ち出していた。
俺は湖で顔を洗うと、決意を新たにした。
………そもそもこのゲーム、女キャラがブスばかりかというと、そうではない。
なんと敵モンスターの「サキュバス」という種族は、美女揃いだという。
これは、開発者に居たという日本人プログラマーの、このポリコレファンタジーへの最後の抵抗と呼ばれており、単なるやられ役のモンスターにする事で、団体からの批判を避けたという。
俺の中に、新たな目標が生まれた。
サキュバスに会う。
このブスとホモに満ち溢れた世界における、最後の楽園を目指す。
ゲームの攻略法も、何もかも知らない俺だが、やれる所までやってみよう。
朝日を背に、勇者アレキスの冒険は、再スタートを切った!
俺の冒険は、ここから始まるのだッ!!
………勇者アレキスの失踪から数ヶ月。
魔王の軍勢の一軍であった淫魔・サキュバス達が、ある一人の人間の男の味方となり、魔王に反旗を翻した。
これにより、この世界は「人間」「魔王軍」そして第三勢力「サキュバス軍」の三つに別れ、混沌を極めてゆく事になるのだが、
それはまた、別の話。
おわり
みみすばれる短編集 えいみー @MSZ9610
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