砂の味

  ◇ ◇ ◇






(くそ、一人で二人守るのはやっぱキツいぜ)


 土の色と同じ肌色の手が、アサルトライフルを握り締める。グローブが擦れてゴムのような音を立てる。乾いた唇を舐めると砂の味が口に広がる、慣れた味を奥歯で噛み締める。

 辺りは緊迫した空気で満ちている。ナダはともかくとして、イコはあまりこういった雰囲気に慣れていないのだろうか、顔を青くして俺の防弾ベストに掴まっている。


 アサルトライフルも狙撃ライフルも、残弾数はあまり多くない。この場をやり過ごすには足りるだろうが、後のことを考えると弾の無駄撃ちは避けたい。

 岩影からそっと窺うが、正確な人数までは把握しきれなかった。数も情報も掌握できていないこの状況は圧倒的にこちらが劣勢だ。オペレーターのガナンはふざけた男だが、奴の的確な情報把握能力と指示能力は信頼に値する。奴のサポートがないこの状況はすこぶる悪い。


 俺一人で一般人二人を守るなど、どう考えても理不尽だ。数日前からの不満がここで爆発しそうになる。






 ペバリーの町で二泊する間、俺の護衛対象の二人は準備しきれなかった必需品を買い足していた。不思議な二人だ、長らくの友人と思ったが知り合ったのは半年前だという。


 あの時に弾丸の補充が出来ればよかったが、治安のいい町で銃器の存在をひけらかすのはご法度。慎重にならざるを得なかったあの状況が恨めしい。本当なら、あの夜二人を援護した後でチームメイトから弾丸を貰う予定だったのに、ある男が弾を無駄遣いした挙句ダイナマイトで町を爆破しかけたおかげで(未遂に終わった)、予定の三分の二くらい受け取り損ねたのだ。


 次の安全地帯へ向かおうと町を出たのが数時間前。ちょうど昼時の今、運の悪いことに盗賊に囲まれてしまった。珍しくガナンがミスを犯し、盗賊の情報を掴み切れていなかったらしい。

 そういう時もあるのは仕方がないが、苦労するのは現場の人間だ。






 膠着状態をどう突破するかと考えていると、イコが肩を叩いてきた。


「ベイ……ねえベイ」

「静かにしてろ。何だ?」

「ナダがいない」

「あァ? そこにいるだろ、が……」


 敵影を睨んでいた目を後ろに向ける。イコの隣ではナダがしゃがんでいたはず……が、どういうわけか、白い姿が見当たらない。


 いねえ。

 嘘だろ。


「はァ!? いねえってどういうことだ、あのバカ……ッ」


 叫びそうになって慌てて声を落とした。盗賊どもには届いていなかったようだ。

 辺りを見回す。白い髪と肌の少年はどこにも見えない。この景色の中見つからないなどあり得ないのに。


「……いつからだ」

「わたしも今気づいたんだよ。あいつ気配消すの得意だからさあ。ベイは気付いてると思った」

「今知ったよ。二人ともいるもんだと思うだろ普通……」


 舌打ちした時、通信機が着信を知らせた。応答するとナダだった。


「ナダてめえ……ふざけんなよ、勝手にウロウロすんじゃねえ」

『悪いわるい。お前だけで対処するの効率よくないと思ってさ』


 通信機の向こう側でバカナダは悪びれもせずにけろりとしている。

 説教は後。ナダの安全を確保するのが優先事項だ──そう告げたが、本人は言うことを聞こうとしない。それどころか援護しろとすら申し出てきた。


「バカ。お前頭イってんのか? 俺ァ何のための護衛だ、言うこと聞け」

『お前に任せたら撃ち殺すだろ。それじゃダメだ。頭は狙うなよ、撃つなら脚か腕、それか武器。いいな』

「何でお前が指示出してんだ、いい加減に……」

『まあ見てろって。大丈夫だよ、こいつら見た目ほど強くない。じゃあ頼んだぜ』


 一方的に告げ、通信が切れた。悪態をつくがどうしようもない。もう一度岩の向こうに目を凝らす。


「ベイ、わたし双眼鏡で見ようか」

「観測手でもやろうってか? 素人に出来るかよ」

「ナダを探すんだよ。居場所見えないんだろ、わたし視力はいいんだ」


 強引に双眼鏡を奪い取り、イコはレンズを覗き込んだ。俺もスコープで見当をつけようとする。

 と、そう経たないうちにイコから声が上がった。


「お、ナダの奴見っけ。マジかあいつ、今一人シメたよ」

「どこだ」

「右の方。右から三番目の黒キャップ男の後ろに忍び寄ってる……いや倒した、何あれどうやってんの?」


 スコープにナダが映る頃には、盗賊の一人は気絶していた。手にはつる草のようなものが見える、あれで首でも絞めたのだろうか?

 すると別の盗賊がナダに気が付いた。一斉に連中がナダに向かう。

 一つ舌を打った。結局あいつの言う通りにしなければならないのか。狙撃ライフルに素早く弾を込めた。


 風は若干強め、右から吹いている。

 息を止めて頭の少し上に照準をつける――。




 『頭は狙うなよ』




「――イコ、耳塞げ」



 全身に衝撃と破裂音、銃声が荒れ野にこだました。盗賊どもが咄嗟に身を伏せたのが、スコープと、スコープの覗いていない目に映った。

 照準に居た男はから血を流して悶絶していた。すぐさま再装填リロード、隣の男に狙いを定め、再びトリガーを引く。男の手からサブマシンガンが吹っ飛んだ。


「すっげ……」

「ボケっとすんな。誰か一人でもこっちに気付いたら教えろ」

「りょーかい」


 俺が狙撃する間もナダは盗賊を一人また一人と仕留めていた。つる草の他にもナイフが見える。素人のナイフ裁きじゃねえな、とスコープの端に映るナダを見て思う。


「ベイ、一人こっちに気付いた。ナダよりもうちょい左。岩五つ分ぐらい左」


 隣でイコが指示した通りの地点で銃を構えている盗賊を見つける。手にしているその銃口が光る。


「うわっ! 撃ってきた!」

「ビビんな。あんなちゃちなピストルじゃ当たんねえよ。これぐらいの距離ってのはな──」


 撃った後コンマ一秒遅れてハンドガンは吹き飛んだ。もう一度トリガーを引けば右足に赤い花が咲く。


「──よほど訓練した奴でも難しいんだ。チンピラにそんなタマがいるかよ」

「ベイはなんで当たるのさ」

「俺ァただ」


 最後にもう一発、ナダの背後に迫っていた男の肩に貫通させた。


「コイツを握ってる時間がバカみてえになげェってだけだ」


 ナダが握った拳を空に掲げ、左右に振って合図してきた。

 盗賊は全員倒したようだった。






  ◇ ◇ ◇






「二度とやるんじゃねえ。ただでさえ人手足りなくて俺しか配置されてねえんだ、勝手な行動は慎め!」

「臨機応変って言うだろ。あの場じゃお前ひとりで何とかするより、俺も出て行った方が早かった。実際、最適解だったろ?」

「俺ァそういう話をしてんじゃねえ。いいか、お前ら二人は重要人物。絶対に敵の手に渡るわけにゃいかねえ。さっきのはその辺自覚した動きだって言えるか?」


 車に戻ると早々に俺とナダで口論が始まった。

 たしかにナダのおかげで早く事態が片付いた。だがそれはあくまで結果論、それとこれとは別の話だ。いくら護衛対象にそれなりの戦闘力が備わっているとはいえ、危険極まりない行為でしかなかった。


 この二人と行動を共にしてまだ数日だが、ナダという男は特に自分を疎かにする人間だ。それも恐らく無意識レベル──放っておけば俺を庇ってナダが傷を受ける、そんな未来がありありと見える。


 ナダは白い顔をこちらに向けてきた。

 睨んでもいない、怒ってもいない。ただただ鋭い視線が俺を貫く。


「じゃあ聞くよ。ベイはあの場をどう収めるつもりだった?」

「……何が言いてえ」

「さっきも通信で言ったろ。いい機会だからこの際ハッキリ言わせてもらうけど、お前とチームの奴らに任せてると普通に人を殺すだろ。それはダメだ。クライアントとしての要望だ」

「お前の境遇はあらかたボスから聞いた。よくその甘い考えが貫けるもんだな。綺麗ごと並べる余裕があるなら、もっと器用に生きて見せてからにしろ」

「ベイやガヴェルからすれば、たしかに甘いんだろうな。でも」


 突然目の前に白い手のひらが現れた。顔面スレスレに、ナダは左手を向けてきていた。

 ……鼻先に微かに熱を感じる。ヒヤリとしたもので心臓を鷲掴みにされたような感覚が襲う。どこか覚えのある、その感覚が。


「分かるか。熱いだろ、な」

「おい手ェ退けろ」

「ダメだ。このまま聞け」


 熱が引き、今度は水滴が小鼻を覆い始める。


「こんな力を持ってるとさ、俺はもう生まれた時から人間じゃないんじゃないかって、そう考える時がある。不殺ころさずが人間性の重要な部分を占めているとしたら──俺に残された人間性って、もうそれしかないと思うんだ」


 鼻に浮かんだ水滴が今度はゆっくりと風に吹きとばされていく。


「お前の言うこともよく分かる。綺麗ごとだろうよ。でもこれを貫き切った時、その瞬間それは綺麗ごとじゃなく“事実”に変わる」

「……そんなこと言って、本当はてめえの手を汚したくねえだけじゃないのか。その真っ白な手をよ」

「違う」


 俺が嘲笑うように言うと、白い手のひらが遠ざかった。

 薄いブルーグレーの目が燃え、その剣幕に俺が怯む。


「違う。一度でも人殺しで解決すれば、もうそれしか選べなくなるからだ」

「──ッ、…………」


 ──言い返せない。

 何故って、俺がその“人殺しで解決してきた人間”だから。


 ナダは乗り出していた体を元に戻し、前を向いた。


「それだけじゃなくて、他にも理由はあるんだけど……俺が故郷に無事に還った時、そしてもし相手方と俺たちキース族の間で和平交渉とかになった時、俺が誰かを殺めたとなればそれだけで一気に不利になる。俺の一挙手一投足は即ちキース族のそれだ。……だから下手なことはできない」


 別に自覚がないわけじゃないのさ、とナダは水の入った水筒を放り投げてきた。

 ナダが能力で生み出した水。ナダのせいで乾いた喉を、ナダの水で潤す。


 一気に煽って飲み干した。悔しいことに美味かった。砂の味が喉の奥に流れていった。






  ◇ ◇ ◇

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