砂の味

 乾いた唇を舐めると砂の味が口に広がった。慣れた味だ。

 辺りは緊迫した空気で満ちている。イコはあまりこういった雰囲気に慣れていないのだろう、青い顔で俺の背中に隠れ、カーキの防弾ベストに掴まっている。


 アサルトライフルも狙撃ライフルも、残弾数はあまり多くない。この場をやり過ごすには足りるだろうが、後のことを考えると弾の無駄撃ちは避けたい。


 岩影からそっと窺うが、正確な人数までは把握しきれなかった。圧倒的に劣勢だ。オペレーターのガナンはふざけた男だが、奴の的確な情報把握能力と指示能力は信頼に値する。奴のサポートがないこの状況はすこぶる悪い。

 俺一人で二人を守るなんてどう考えても理不尽だ、と数日前からの不満がここで爆発しそうになる。






 ペバリーの町で二泊する間、俺の護衛対象の二人は準備しきれなかった必需品を買い足していた。不思議な二人だ、長らくの友人と思ったが知り合ったのは半年前だという。


 あの時に弾丸の補充が出来ればよかったが、治安のいい町で銃器の存在をひけらかすのはご法度だ、慎重にならざるを得なかった。今はそれが恨めしい。本当なら、あの夜二人を援護した後チームの他の奴から弾丸を貰う予定だったのが、ある男が弾を無駄遣いした挙句ダイナマイトで町を爆破しかけたおかげで(未遂に終わった)、予定の三分の二くらい受け取り損ねたのだ。


 次の安全地帯へ向かおうと町を出たのが数時間前。ちょうど昼時の今、運の悪いことに盗賊に囲まれてしまった。情報は本部から常に入ってくるが、これは掴み切れていなかったらしい。そういう時もあるのは仕方がないが、苦労するのは現場の人間だ。






 膠着状態をどう突破するかと考えていると、イコが肩を叩いてきた。


「ねえベイ」

「静かにしてろ。何だ?」

「ナダは?」

「あァ? そこにいるだろうが……」


 敵影を睨んでいた目を後ろに向けると、少し前までそこにいたはずの男が見当たらない。いつの間にか忽然と消えていた。


「はァ!? いねえってどういうことだ! あのバカどこ行きやがった」


 叫びそうになって慌てて声を落とした。盗賊どもには届いていなかったようだ。

 辺りを見回す。白い髪と肌の少年はどこにも見えない。この景色の中見つからないなどあり得ないのに。


「……いつからだ」

「わたしも今気づいたんだよ。あいつ気配消すの得意だからさあ。ベイも気づいてなかったのか」

「二人ともいるもんだと思うだろ普通……」


 舌打ちした時、通信機が着信を知らせた。応答するとナダだった。


「ナダてめえ……ふざけんなよ、勝手にウロウロすんじゃねえ」

『悪い悪い。お前だけで対処するの効率悪いと思ってさ』


 通信機の向こう側でバカナダは悪びれもせずにけろりとしている。

 説教は後だ、ナダの安全を確保するのが優先事項だ。そうナダに告げたが、ナダは言うことを聞こうとしない。それどころか援護しろとすら申し出てきた。


「バカ。お前頭イってんのか? 俺ァ何のための護衛だ、言うこと聞け」

『お前に任せたら撃ち殺すだろ。それじゃダメだ。頭は狙うなよ、撃つなら脚か腕、それか武器。いいな』

「何でお前が指示出してんだ、いい加減に……」

『まあ見てろって。大丈夫だよ、こいつら見た目ほど強くない。じゃあ頼んだぜ』


 一方的に告げ、通信が切れた。悪態をつくがどうしようもない。もう一度岩の向こうに目を凝らす。


「ベイ、わたし双眼鏡で見ようか」

「観測手でもやろうってか? 素人に出来るかよ」

「ナダを探すんだよ。居場所見えないんだろ、わたし視力はいいんだ」


 強引に双眼鏡を奪い取り、イコはレンズを覗き込んだ。俺もスコープで見当をつけようとする。

 と、そう経たないうちにイコから声が上がった。


「見っけ。マジかあいつ、今一人シメたよ」

「どこだ」

「右の方。右から三番目の黒キャップ男の後ろに忍び寄ってる……いや倒した、何あれどうやってんの?」


 スコープにナダが映る頃には、盗賊の一人は気絶していた。手にはつる草のようなものが見える、あれで首でも絞めたのだろうか?

 すると別の盗賊がナダに気が付いた。一斉に連中がナダに向かう。


 風は若干強め、右から吹いている。

 息を止めて頭の少し上に照準をつける──




 『頭は狙うなよ』




「──イコ、耳塞げ」


 全身に衝撃と破裂音、銃声が荒れ野にこだました。盗賊どもが咄嗟に身を伏せたのがスコープに映った。

 照準に居た男は太腿から血を流して悶絶していた。素早く排莢リロードしながら隣の男に狙いを定め、再びトリガーを引く。男の手からサブマシンガンが吹っ飛んだ。


「すっげ……」

「ボケっとすんな。誰か一人でもこっちに銃口向けたら教えろ」

「りょーかい」


 俺が狙撃する間もナダは盗賊を一人また一人と仕留めていた。つる草の他にもナイフが見える。素人のナイフ裁きじゃねえな、とスコープの端に映るナダを見て思う。


「ベイ、一人こっちに気付いた。ナダよりもうちょい左。岩五つ分ぐらい左」


 隣でイコが指示した通りの地点で銃を構えている盗賊を見つける。手にしているその銃口が光る。


「うわっ!」

「ビビんな。あんなちゃちなピストルじゃ当たんねえよ。これぐらいの距離ってのはな──」


 撃った後コンマ一秒遅れてハンドガンは吹き飛んだ。もう一度トリガーを引けば右足に赤い花が咲く。


「──よほど訓練した奴でも難しいんだ。チンピラにそんなタマがいるかよ」

「……ベイはなんで当たるのさ」

「俺ァただ」


 最後にもう一発、ナダの背後に迫っていた男の肩に貫通させた。


「コイツを握ってる時間がバカみてえに長えってだけだ」


 ナダが握った拳を空に掲げ、左右に振って合図してきた。

 盗賊は全員倒したようだった。






  □□□






「二度とやるんじゃねえ。ただでさえ人手足りなくて俺しか配置されてねえんだ、勝手な行動は慎め!」

「臨機応変っていう言葉あるだろ。あの場じゃお前ひとりより俺も出て行った方が手っ取り早かった。実際、最適解だったろ?」

「俺ァそういう話をしてんじゃねえ。いいか、お前ら二人は重要人物。絶対に敵の手に渡るわけにゃいかねえ。さっきのはその辺自覚した動きだって言えるか?」



 車に戻ると早々に俺とナダで口論が始まった。

 たしかにナダのおかげで早く事態が片付いた。だがそれとこれとは別の話だ。いくら護衛対象にそれなりの戦闘力が備わっているとはいえ、危険極まりない行為でしかなかった。


 この二人と行動を共にしてまだ数日だが、ナダという男は特に自分を疎かにする人間だ。それも恐らく無意識レベル──放っておけば俺を庇ってナダが傷を受ける、そんな未来がありありと見える。


 ナダは白い顔をこちらに向けてきた。

 睨んでもいない、怒ってもいない。ただただ鋭い視線が俺を貫く。


「じゃあ聞くよ。ベイはあの場をどう収めるつもりだった?」

「……何が言いてえ」

「さっきも通信で言ったろ。いい機会だからこの際キッパリ言わせてもらう。お前とチームの奴らに任せてると、いつか人を殺すだろ。それはダメだ。クライアントとしての要望だ」

「お前の境遇はあらかたボスから聞いた。よくその甘い考えが貫けるもんだな。綺麗ごと並べる余裕があるなら、もっと器用に生きて見せてからにしろ」

「ベイやガヴェルからすれば、たしかに甘いんだろうな。でも」


 突然目の前に白い手のひらが現れた。顔面スレスレに、ナダは左手を向けてきていた。

 ……鼻先に微かに熱を感じる。ヒヤリとしたもので心臓を鷲掴みにされたような感覚が襲う。


「分かるか」

「……手ェ退けろ」

「ダメだ。このまま聞け」


 熱が引き、今度は水滴が小鼻を覆い始める。


「こんな力を持ってるとさ、俺はもう生まれた時から人間じゃないんじゃないかって、そう考える時がある。不殺ころさずが人間性の重要な部分を占めているとしたら──俺に残された人間性って、もうそれしかないと思うんだ」


 鼻に浮かんだ水滴が今度はゆっくりと風に吹きとばされていく。


「お前の言うこともよく分かる。綺麗ごとだろうよ。でもこれを貫き切った時、その瞬間それは綺麗ごとじゃなく“事実”に変わる」

「……そんなこと言って、本当はてめえの手を汚したくねえだけじゃないのか。その真っ白な手をよ」

「違う」


 俺が嘲笑うように言うと、白い手のひらが遠ざかった。

 薄いブルーグレーの目が燃え、その剣幕に俺が怯む。


「違う。一度でも人殺しで解決すれば、もうそれしか選べなくなるからだ」

「…………、ッ」


 ──言い返せない。

 何故って、俺がその“人殺しで解決してきた人間”だから。


 ナダは乗り出していた体を元に戻し、前を向いた。


「まあ、それだけじゃなくて、他にも理由はある……俺が故郷に無事に還った時、そしてもし相手方と俺たちキース族の間で和平交渉とかが起こった時、俺が誰かを殺したことがあるとなればそれだけで一気に不利になる。俺の一挙手一投足は即ちキース族のそれだ。……だから下手なことはできない」


 別に自覚がないわけじゃないのさ、とナダは水の入った水筒を放り投げてきた。

 ナダが能力で生み出した水。ナダのせいで乾いた喉を、ナダの水で潤す。


 一気に煽って飲み干した。悔しいことに美味かった。砂の味が喉の奥に流れていった。

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