眠れぬ夜をお前らと④
非通知着信に応答したら事態が余計ややこしくなった。
俺とイコは顔を見合わせた。
「ちょっと説明省きすぎやしないか? 誰だ、名乗れ」
『上から今は名乗るなと言われてる。説明が面倒らしい、俺はただの末端だから事情もよく知らねえ』
「“上が”ってことは、じゃあ何かの組織なんだな? 今銃を撃ってきてる奴とは違う組織か」
『そうだ。ついでに言うと、お前をコンビニで襲った奴とも別組織だ。お前を襲った奴らと、そこの小さいのを襲ってる奴らは同一組織。ここまでいいな?』
「……ストップ。ちょっといろいろ考える」
どう思う、とイコを見る。イコは口を思い切り歪めて考え込む顔をしていた。
タイミングといい申し出といい、どうも胡散臭い。というか通信の主の口調や声も荒っぽく、イマイチ信用に欠ける。
しかし悲しき哉、俺は腹の読み合いのような駆け引きは得意ではない。
決めあぐねていると、またピシャリと銃弾が飛んできた。イコの言った通り、さっきの銃創とピッタリ同じ位置に、新たな傷が刻まれた。
「……信用どうこう言ってる場合じゃねえな。しょうがない、ひとまずあんたらの手を借りることにする。俺たちはどう動けばいい?」
『物分かりがよくて助かる。ちょっと待て──』
通信の向こう側で何やらやり取りがなされるのが聞こえる。結構人数がいるのだろうか。他にも通信機を使っているらしく、通信の調整のやり取りも聞こえる。
『ガナン、もっとスピーカーの感度上げろ。聞こえねえ。……ああ、それでいい。俺は守りと逃走指示に専念する、それでいいな? ……見通しなんざ砂嵐じゃねえだけマシだろ、ぐずぐず言ってる暇あったらさっさと配置に着けラッド』
ガサガサと何かが擦れる音がして、男の声が再び俺たちに呼びかけた。さっきよりもクリアに聞こえる。
『お前ら、足は速いか』
「俺はあんまり。平均ぐらいだぜたぶん。イコは?」
「おいおい君たち、見くびってもらっちゃあ困るぜぇ? 毎日快適ドアトゥードア
だから何でちょっと偉そうなんだ。
「あー、オーケー、俺が手ェ引いて走る。それでいいか」
『まあ、援護するのはこちらだ。何とかしてみせる。合図したらその路地を南東に進め』
「南東ってどっち?」
『お前らから見て六時の方向』
「何で時計で例えるんだ、俺そういうの苦手なんだよやめてくれ」
「ナダ、これ全然特殊な言い方でも何でもないよ。南東はこっち」
通信機から不安そうな声がした。
……悪かったな。
『合図で走れ。三、二、一、──行け!』
男の声に合わせ、イコの手を掴んで路地を飛び出した。
今のところ襲撃らしい音は聞こえない。スピーカーホンにした通信機からは、不明瞭な声でいろんな情報が飛び交い、時々男の声が俺たちに方向の指示を出した。
『次の角で右に曲がれ』
「右だな、了解。おいほんとに安全なんだろうな」
『安全じゃなかったら俺らが処理するまでだ。いいからそのまま突っ走れ』
俺が度胸なしだったらどうするつもりだったんだ、という言葉は飲み込んだ。
と、通信機から何かが破裂するような音。
「おい! 何があった!」
『今一人仕留めた。
「……殺したのか」
思わず足を止めた。イコが俺の背にぶつかった。
『バカ、止まるんじゃねえ! 殺す殺さねえ言ってる場合じゃねえだろうが』
くそ、と小さく言い捨てて仕方なくまた走った。
悔しいが男の言うとおりだ。俺たちの代わりに手を下しているのは彼らなのだし、誰もが無傷のままこの状況を打破するなんて無理な話だ。
──分かってはいる。言いたいことを三つ四つ飲み込んで、胸の奥にしまい込んだ。
「……一般市民だけは巻き込んでくれるなよ」
『当然だ。この時間帯は人なんざ通らねえよ。ってあのヤロ、ラッド、テメエは毎度毎度……』
「今度はどうした」
あまり口調が綺麗じゃなさそうな男だが、ここへ来て初めて悪態が出た。
『あー……悪い。すまん。一人討ち損ねた。追手がいるぞ、お前らの後ろだ』
後ろを見れば一台のバイクが俺たちに向かってきている。まだ遠いが、あの速さではすぐ追いつかれそうだ。援護射撃がないということは、ちょうど死角に入ってしまっているのだろうか。
『その路地をすぐ左折しろ、射線に出てくれさえすりゃこっちで何とでもする。聞こえたなラヒム、構えとけ。ポイントD-07、交差路、標的はバイク』
「いやいい、それじゃ間に合わない。俺が何とかする。イコ、ちょっと下がれ」
手を空に掲げ、通り過ぎる風を捕まえる。
俺の手の周りに風の渦が出来上がる。もっと大きくすることもできるが、それだとバイクが俺を轢くのが先になる。
(威力は低いけど、転ばせれば十分だ)
風の渦を、思い切りバイクに向かって投げつける。
そもそも視界が悪かったせいもあるのだろう、よけきれずバイクは派手に横転した。あの速度で横転すると重傷だろうか。気にしている余裕はないが。
「ヒュウ、お見事」
「どうも。さあ行くぞ。こっちでいいのか?」
『いいんだな、ガナン……そうだ、そっちで合ってる。右に折れたら次の三叉路を左だ。脇の小道に続く階段を昇れ。それから──』
「やべっ」
イコが俺を引っ張った。銃弾が服のすぐそばを掠めた。
そのまま適当な路地に転がり込んで、ちょうど二つ並んでいるダストビンの中にそれぞれ飛び込んだ。
「サンキュ、イコ」
「どういたしまして。でも動けなくなっちゃった……うわくっせえ!」
荒い息を押し殺すのは至難の業だった。おまけにダストビンの中はひどい臭いがする。服の袖を顔に押し当てて息を整える。
走っていると気がつかなかったが、路地や通りではいつの間にかバイクやら銃声やら人の足音やらで満ちていた。こんな中をこれまで無事に通り抜けたとは、男──というより協力者たちだが、彼らの力量はかなりのものなのではないか。
「おいあんた、どうすりゃいい? このままここに隠れてるか?」
『いや、少し待て。陽動の手はずがもうちょいで――いやいくら何でもそりゃダメだろ、市街地でダイナマイトとか頭湧いてんのか! バカじゃねえのか、爆竹程度でいいんだよ、誰だそんな爆薬持ってきた奴ァ! テメエもだガナン、面白がってクソ
男の口調はだんだん悪くなる。
心配になってきた。やっぱり信用してもいいんだろうか。
『……すまん待たせた、ウチのアホどもが余計な真似を……いやそれはいい、その路地を奥に着き進め。まっすぐだ』
「もう出ていいのか」
『いい。大丈夫だ。ただちぃとばかし──なんだ、その──不手際が重なっちまってな、この先お前らにも何とかしてもらうかもしれねえ。戦えるか?』
「まあ、数人程度なら」
ペロッと舌を出した。戦闘もできなくはないが、暗がりの中では能力メインの方が話が早い。
再びイコの手を引いて走り出す。少し休んだおかげで、イコももう少しなら平気そうだ。
などと言ったそばから、数メートル先の物陰から人影が飛び出した。
「一般人か……?」
「いや、銃持ってる。どうする、ナダ」
また手に力を籠め、今度は水を集める。小さな水滴を幾つも宙に浮かべ、それを人影に向けて勢いよく放った。
目を凝らす。水鉄砲は果たして当たったのかどうか、視界が悪くて判断できない。
「当たった、よな」
「うん、当たったね。倒れた。今のうちに」
俺よりも視力のいいイコが頷いた。夜目は俺の方が利くが、単純な視力はイコの方が上だ。
倒れた人影に駆け寄ると、気絶しているだけのようで安心した。威力は弱かったはずだから、地面に頭でも打ちつけたのだろう。
イコは銃を奪った。使うのかと思ったがイコは首を振る。落ち着いたら確かめることがある、とだけ言った。
□ □ □
二人でひたすらに走った。
時たまどこからか銃声が聞こえたが、敵味方どちらのものか分からなかった。
一体どれだけ走り回ったか分からなくなった頃、ようやく静けさが戻ってきた。
「敵影なし」という言葉が通信機から聞こえた途端、二人してどっと地面に座り込んでしまった。特に体力の少ないイコは、一晩でげっそりやつれたように見えた。
(いや、一晩じゃねえな。ずっとつけられてたんだものな)
「どうする? この後」
「どうしようなあ……ってマジかナダ、もう明るくなってきてる」
「うわ、ほんとだ。早くしねえと目立つな、これじゃあ。どこかでシャワー浴びて、着替えて……」
(……それから?)
イコと話し合いの約束をしてしまった。
ひとまず危機は過ぎ去ったが、かといって安全が確保されたわけではない。
『おい。俺のこと忘れちゃいねえだろうな』
「ああすっかり忘れてた。お互いオツカレ」
『嘘つけ、わざとらしい……ウチのボスがお前と話したがってる。俺ァお前らの事情も何も知らねえが、手を貸す理由を聞けるいい機会じゃねえのか?』
「あー……」
本当だ。そっちは本当に頭から抜けていた。
というか疲労で頭が回らない。たぶん今の俺はすごいマヌケ面をしていると思う。が、そうは言っていられないのが世の常らしい。男が返事を催促してきて、仕方なく応えた。
「今そのボスとやらには代われるのか?」
『いンや。ボスからかけ直すってよ』
「番号教えてくれないかねえ、こっちは疲労困憊なんだよ」
『そうはいくか。仮にも極秘情報だ、俺の口からペラペラ言えねえ』
ダメか。
こいつもコイツだ、断るにももう少し優しく言ってくれればいいのに。
「わかった、じゃあすぐ、今すぐかけてくれ。俺はともかくもう一人は未成年だ。普通この時間まで土砂降りの中走らせねえんだぜ、ジョーシキ的に」
『文句はボスと襲撃犯に言え。じゃあな』
切れてしまった。通信機越しとはいえ、数時間共に戦った仲間だろう、ちとドライすぎやしないか。
ため息をついてイコを見ると、疲れで空虚になった目が俺をとらえた。
「……なんか連絡待ちになるらしいぜ」
「聞いてた。でもここにいるわけにいかないしさ、車まで移動しよう」
「動けるか」
「何とか動く。シャワー浴びたい、お腹空いた、眠い、疲れた」
「……うん、俺も……」
二人とも体を引きずるようにして、明け方の町を歩いた。雨は小降りになっていたが、体が冷えて寒かった。俺とイコの服に手を当てて水気を抜いたものの、寒さは治まらなかった。
せっかく逃げ切ったというのに、達成感のようなものは微塵も感じなかった。
□ □ □
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