眠れぬ夜をお前らと①

 一息入れたくて取ったはずの休日は緊張感120%で過ぎていった。


 なかなか朝日が昇らない。

 夕日が沈まない。

 いつまで待っても夜が来ない。











 先日イコと買った食材を調理しにかかった。


 料理は得意だ。

 育ての親に厳しく仕込まれたし、本物の火を使う分おいしく仕上がる。


 何より生産的な趣味だ。

 安い食材でたくさん作った美味いものを腹いっぱい食べれば、それだけで精がつくし生きがいになる。




 ガスの通っていないコンロに炎だけ浮かべ、その上に鍋を置けば普通に料理ができる。煮炊きする水もノーコストで使える。



 例の容量オーバーキノコはすぐさまソテーにした。


 肉や魚は下拵えと味つけだけ済ませて冷凍庫に入れた。


 野菜はスープ用にカットして冷凍したり、パスタソースを仕上げたり、サラダにしたりした。



 ……何なら、向こう一週間分のスープ出汁も自前でとった。






 ──思い切り時間をかけるつもりで普段はやらない出汁取りまでやったのに、半日で終わってしまった。

 普段時間がない中で作るからか、手際の良さが随分鍛えられていたらしい。

 もう俺、店を持てるレベルかもな。




 時間が膨大すぎる。

 これでまだ連休一日目である。











 他にやることを探して、持っている服やらタオルやらを全部洗濯し直した。


 能力を使えば水を出し放題アンド乾かし放題で、これまたあっという間に終わった。




「……というか、そもそも服が少ねえんだよ。ひと揃えダメにしちまったしよ」


 悪態をついたが、ダメになったのはほかでもない俺のせいだ。

 やっぱり火の中に飛び込むんじゃなかった、お陰で酷い目に遭った。

 あのひしゃげた銃弾はどう処理したらいいかわからず、とりあえず財布の中に入れてある。



 ──かぶりを振った。

 考えたくない。体を動かそう。











 掃除しようと思い立ったが、掃き掃除と水回りの用で事足りてしまった。


 圧倒的にここで過ごす時間が少なすぎて埃が積もらないようだった。考えてみれば、そもそも俺はこの部屋に半年ほどしか住んでいない。



 窓枠の隅々まで磨き、換気をしようと窓の金具に手をかけて思い直した。

 かわりに黄色の古臭いカーテンをきっちり締め直した。











 気分転換に勉強をしてみた。


 イコが使い終わった参考書や、図書館で丸暗記した高等部の教科書を思い浮かべながらチラシの裏にノートをとっていく。


 苦手な数学や理科に挑戦してみたが、すぐに折れた。

 関数のグラフに、何故か円が描かれている。その図を見た時、連想したのは狙撃スコープだった。



 ──スコープの中心には、俺……。



 視界がぐにゃりと歪んだ。瞼が引きつったように震え出す。

 たまらず目を閉じると、記憶の引き出しが好き勝手に開け散らかされていった。




  一面が白で塗りつくされた部屋。

  初めて見る無機質な機械。

  白衣を着た、“色つき”の大人たち。




「……さァて!」


 傷のある右頬を強く叩いた。

 痛みにしかめた顔をそのまま無理やり笑みに転じさせた。


「飯だメシ。今日のうちにキノコ食っちまわねえとな」


 誰に言うとでもなく、勤めて明るい声を出しながら。






  □□□






 二日が過ぎた。

 長すぎる時間だった。




 洗濯と掃除は三回繰り返した。

 特に部屋は業者並みの仕事をした自信がある。以前日雇いで働いたビル清掃のノウハウが多分に活かされ、窓ガラスとフローリングが鏡のように光を反射している。

 この部屋を見れば大家さんも文句は言えまい。俺が借りた時の百倍綺麗になっている。


 明日の夜に仕事が入っているから、「休日」はあと一日。いつもの休日なら日が沈むとすぐに眠たくなるのだが、今に限って眠気はなかなかやってこない。既に日が落ちて幾ばくか経っているのに。


 一昨日まではあんなに休みたくて堪らなかったのに、今はあの重労働の日々が恋しい。この二日間ろくに眠れなかったし、作業しながらでも薄暗い考えが常によぎるのだ、よく胸が潰れないものだと思う。


 潮時だ。もう無理だ。諦めよう。


 軋むベッドに腰かけた。ゆっくりと吐いた息は震えていた。

 震えを抑え込むように手を強く握りしめた。目を閉じ、思考を流れるままに任せる。




(……見つかったわりに、家に襲撃に来るわけじゃないのか)


 ここ三年ほど、俺はいろいろな町を転々としながら暮らしを立ててきた。

 町だけでない。険しい山や谷底、鬱蒼とした深い森で過ごした時間も多い。居場所を頻繁に変えることで姿をくらませる作戦だった。


 その作戦は失敗だったようだけど、一方であの襲撃からもう丸二日経ったにもかかわらず未だドアを蹴破られる気配がない。

 もしかして俺が町のどこに住んでいるかまでは掴めていないんだろうか。


 だとすると「すぐに出ていくのは逆に危険だ」と言ったイコの言葉は正しかったといえる。

 潜む場所が分からないなら、俺が逃げようと町を出るところを襲えばいい。逃げる者が人目を避けるのは当然のことだから時間帯も絞りやすい。


(……バイト先はどうだろうな)


 日雇いがほとんどとはいえ、定期シフトで入る仕事も持っている。

 折の悪いことに明後日の仕事場のコンビニがそうだ。


 どうしよう。

 連絡して、やっぱり出られませんとでも言おうか。それならこの際辞めた方がいいだろうな。




 通信機をパカリと開けると電源が切れていた。そういえば二日前から充電していなかったな。

 充電器を繋いでしばらくすると画面がついた。



『不在着信 15件』



「……じゅうご?」


 思わず飛び出た声が裏返った。

 怖い。誰だ、こんなに鬼電した奴は。


 ちょっと心当たりはある。履歴を開くと思った通り、半分はイコの番号が占めていた。

 予想外だったのは、もう半分はコンビニの店長からだったことだ。


 くっ、と身体を折り曲げた。

 腹が痛い。腹の奥がギュウッと捻じれるようだ。店長、あのお人好しが過ぎる店長に何があったんだろう。


 吐きそうなのを堪えて店長にダイヤルした。



『はいはいもしもしー』

「もしもし……店長、俺ですナダです。すいませんでした、あの俺、電源が、通信機の電源が切れてて今気がついて……」

『あー! ナダくん!』


 店長の声が喜色を帯び、次の瞬間のんびりと、しかし矢継ぎ早に捲し立ててきた。


『いやよかった、無事だったかい。ほらおととい大爆発あったでしょ、きみの家近いでしょあそこ。巻き込まれてやしないかと思ってね。そうかいそうかい、無事ならよかった』


 ホッとしてベッドから転げ落ちた。

 打った背中が痛いが、何だか嬉しい。


『わわっ! 今の音何だい? 大丈夫かい』

「大丈夫です、大丈夫……すいません、心配かけました」

『まあね。心配したよ。でもやっぱり元気ないね、次のシフト休みにしようか? 明日の夜中は急にはキツいんじゃない』


 優しい声に目の前が潤んだ。

 本当にこの人はお人好しだ。どれだけ人の心配をすれば気が済むんだろう。

 早く縁を切ろう。こういう人を巻き込みたくはない、休むって言おう。というか、今辞めることを伝えよう。


「や、大丈夫です。入ります」


 あ。

 あれ。今の俺の声だよな。


(…………おいィィィィィ!? ちょっと俺ェ、今何て言ったァァァ!?)


『本当に? 無理しなくても、アレックスとか代わってくれると思うよ?』

「体動かさないと調子出ないんですよ。稼ぎたいし。大丈夫です」


(大丈夫じゃねえ! 今すぐ黙りやがれ俺! バカ! マヌケ!)


『そうかい、そこまで言うなら……まあ、休みたくなったらいつでも言ってくれて構わないからね』


 通信が切れた。

 俺は磨き上げたフローリングの上でのたうち回った。狭い部屋なので、手足がベッドやらテーブルやらにガンガン当たる。

 ちなみにここにある家具は全部備え付けか、前の住人が夜逃げの際置いて行ったものばかりで、俺が買ったものは何一つない。まあ関係ない。


「アホ! バカ! 俺のバカ! 何やってんだこの野郎……」


 ところが間を置かずに通信機が鳴った。

 番号を見ると、今度はイコだった。


「……あいよ、もしもし」

『よお。生きてるかー』

「生きてる……けど死にてえ……ホント死んじまえばいいのに……」

『お、おう、なんかスーパーネガティブモードだな。あのさ、わたしさ、今日行こうと思ったんだよナダんちに。でもちょっと難しいや。ごめん』

「いいよ無理しなくて。昨日の今日だろ」


 言ってから、昨日じゃねえ一昨日だと気づく。眠れなかったせいで日付の感覚が狂っている。

 イコは明るい声で話題を変えてきた。


『ナダ今日外出た?』

「いや。怖くて出られたもんじゃねえよ。明日仕事だってのに」

『なら休めばいいじゃん』

「あー、いや……」


 つい今し方の通信を思い出して気まずくなった。

 気がつくと言葉を濁して適当な会話を繋げていた。


「……なんか働いてないと俺ダメみたいだ。やっぱ日雇いも入れようかな、明後日辺りから」

『また死にかけるよ。Pマートの店長さんマジで心配するよ、それ以上痩せるなよ』


 ケケケッ、とイコは何だか猫みたいな笑い方をした。

 ……妙に明るいイコに微かな違和感を覚えた。


「なあ。外で何かあったのか?」

『んー、まあ何というか。この前の爆発でちょっと治安がね、悪くなったみたいだよ。ちょっとね』

「なんだよ歯切れ悪いな」

『だから気ィつけなよって話。じゃーな、死ぬ前に連絡寄越しなよ』


 ……切れた。

 あれだけ鬼電しておいて、結局何の用だったんだろう。



 体を起こした。

 腹の奥で渦を巻いていた不安感はいつの間にか和らいでいた。代わりに涙が出て来て視界を曇らせた。

 ピカピカの床に水滴がいくつか落ちた。

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