第96話 鬼を殺せる刀1


 俺が〝まなさま〟へ続く鳥居とりいを抜けると、そこには当たり前のように鬼がいた。


 すっと立ち尽くし、呆然あぜんとしているように視える鬼は、身長三メートルぐらいだろうか。黒い体毛におおわれ、ひときわ長い髪はみだれ、その間から覗く瞳は琥珀こはくのように輝き、俺を見据えていた。千さんの体躯たいくを見慣れてはいたけれど、威圧感はその比ではなく、目をらせばられるんだと、意外と単純なことを思う。


 俺が【鬼殺おにごろし】に【練磨れんま】を行い、白い刀身を生み出すと、鬼は笑った。


「今度こそ俺を殺す奴が来たのかと思ったら、なんだぁ? そのなまくらは?」


 鬼は俺の【鬼殺し】をなまくらだと言い切った。


 やはり鬼は、この【鬼殺し】では、鬼が斬れないことを知っているらしい。


「俺はお前を殺せるぞ?」


「面白い冗談だ」


 鬼は牙の生えた口で改めて笑うと、腕を組んだ。


「それより、俺と取引しないか?」


「取引だと?」


 答えつつも、目に【練磨】を使い【鬼殺し】を構える。


 鬼が何を考えているのかなんて、まるで想像できなかった。会話で生まれたすきを突く気かも知れないし、不審ふしんな動きを見せたら、いつでも対応できるようにしておくべきだろう。


 そんな俺を見て、鬼はため息をついた。


「俺は人間を殺さないと約束するから、見逃してほしい」


 意外な申し出だった。


 だが、そんな言葉を簡単に信じられるほど、俺は素直でもない。


「おいおい、返事ぐらい返せよ? 無視すんのは失礼だって教わらなかったか?」


「……」


あきら君? だったよな?」


「……俺の名前を知っているのか」


「名前だけじゃない。俺様はずっとこの娘の中から外界を見てた。この娘が命をして瑠衣るいとかいう依代よりしろの身代わりになったことも知ってるし、明君がこの娘のことを大切に思ってるのも知ってるぞ。まったく泣かせるじゃねぇか。俺はそんなサマを見せつけられて、この可哀想な娘に同情しちまってるのさ。まったく、鬼ともあろうものが聞いてあきれるだろ?」


 自嘲じちょうする鬼が、どこまでも人間臭くて、俺は眉を寄せた。


 その獣のような顔も、どこか優しそうに笑っている。


「鬼が、人間に同情するのかよ?」


「俺も元は人間だからな」

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