第94話 そっくり1


 目的地である私立満谷高校しりつみつたにこうこうの正門は閉まっていた。


 すでに夏休みだということと、今が土曜日の、しかも夕暮れも迫った時刻だということが関係しているのかも知れない。俺は帰宅部だから詳しいことは知らないが、校門が閉まっているということは、部活動で残っている他の生徒はいないのだろう。


 俺は自転車から降り、助走をつけると【練磨れんま】を脚に使って校門を飛び越えた。


 これぐらいのことは容易たやすくできるようになっていて、俺はすでに常人離れしているんだと自覚する。たったの一週間だったけれど、本当に色々なことがあった。


 学校の敷地内へ入ると、見慣れない光景が広がっていた。


 所々に大怪我を負った大人が何人も倒れていて、そこに群がるようにして治療行為を行う人たちの姿があった。まるで震災や事故が起きた後のような慌ただしさで、時に怒号どごうが飛び交うその景色に圧倒されていると、背後から声をかけられた。


「よく、この場所が分かりましたね?」


 振り返った先にいたのは、横腹を自らの血で真っ赤に染めた、まくらさんだった。


「大丈夫ですか!?」


 俺の声に、まくらさんは力なく笑う。


「ご覧の有様で、大丈夫とは言い難いですね。……連絡が出来ずにすみません」


「そんなことより、何があったんですか?」


 俺の問いに、まくらさんは目を伏せた。


「私たちは儀式の準備を行っていたのですが、その途中で、東雲しののめ君の中の鬼が目覚めました。まるで鬼自身が目覚めるタイミングをはかっていたかのようで――こんなことは今までには起きたことのない事象です」


 まくらさんは苦しそうに咳をこぼし、その口からも血が垂れている。


「不幸中の幸いと言えばよいのか、鬼が目覚めるまでに人除ひとよけは終えていましたし、神域による結界も先ほど張ることに成功しました。東雲君の中の鬼は未熟なまま目覚めた様で、すぐに被害が出ることは無いと思いますが、いつまで結界が持ちこたえられるのかはわかりません」


まなさま〟の方から、何かを叩く大きな音が響いている。


 あそこで、鬼が暴れているのだろう。


 儀式を行うための条件である〝神域〟と〝人のいない場所〟の両方を〝学び様〟は満たしていた。さらに言えば、明日の日曜日ならば、校舎には人が寄り付かない。


 まくらさんは、俺たちに嘘をついた訳ではなかった。


 まくらさんは、俺たちに話していた通りの日付で儀式を行うつもりだったんだ。

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