第92話 リスクヘッジ1


 俺は自転車で住宅街を疾走していた。


 後ろの荷台にははずきが乗っているけれど、幽霊だから重さはまるで感じないし、普通の人には視えないから、二人乗りもセーフだろう。


「説明は後って言ってたけど、はずきは成仏じょうぶつできなかったのか?」


 東雲しののめは確か、霊媒師れいばいしの刀に斬られた幽霊は、輪廻転生りんねてんせいの旅に出ると言っていた。


 そもそも考えてみれば、地縛霊じばくれいのはずきがこんなところにいることも不思議だったりする。


「私も正直に言うとよくわかんないんだけど、私が東雲さんに斬られたのは、地縛霊としての私だったみたいで――あの時、私は確かに成仏する権利をもらったっぽいのよね」


「権利があったのに、成仏しなかったってことか?」


「私は成仏する瞬間に、あるいが残ってることに気付いちゃったのよ」


「……それって、何だったんだ?」


 はずきのやり残したことなんて、たくさんある気がするけど、成仏することよりも優先すべきことなんてのが、俺にはいまいち思いつかない。


「それは、この状況よ」


「どういうことだ?」


「どういうことだと思う?」


 はずきは笑っているが、まるで理解できない。


「……はずきは俺の背中にしがみついて、自転車の二人乗りがしたかったってのか?」


「その答えも素敵だけど、少し違うわね。私はあきらの守護霊になって、明の力になりたかったのよ。東雲さんの刀で斬られた地縛霊の私は死んで、守護霊として転生したってわけ」


「マジか?」


「守護霊パワーで運気も上げられるよ!」


「マジか!?」


霊体れいたいギャグです。嘘に決まってるじゃん」


「分かりにくい冗談は辞めろ!」


 はずきが声を立てて笑う。


「話が変わるけれど、鬼に勝つ算段はあるんでしょうね?」


「ひとつだけ、作戦はある!」


 はずきは守護霊として、俺のことを見守ってくれていたらしい。


 そんなはずきも、やっぱり俺では鬼に勝てないと思っているんだろうか?


あきらは馬鹿っぽいから、リスクヘッジって言葉を知らなそうねぇ。ひとつだけじゃ不安だし、他にもプランは用意しておくべきでしょ?」


 馬鹿と言われて少し頭に来たが、はずきの言葉はもっともだ。


 でも、今から準備できる対策なんて――


 いや、一つだけあった。


 ちょうど信号が赤になっていたから、俺は自転車を停め、スマホを取り出す。


 母さんに向けて電話をかけた。

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