第91話 そこにいるはずのない人2


 その人は腹を抱えている。それは、そうしないと内臓が飛び出てしまうからで、その姿は見慣れていても痛々しい。少しだけ後頭部が潰れているけれど、彼女は整った顔立ちをしていて、短い黒髪もあわせて考えれば、生きている人間と同じように視えた。


成仏じょうぶつできてなくて、ごめんね?」


 少しだけ足が曲がった、女子高生。


 菅原すがわらはずきが、そこにはいた。


「な、なんで、はずきが……ここに?」


「その説明は後にして、行くわよ?」


「……行くって、どこに?」


東雲しののめさんを、助けに行くんでしょ?」


 俺ははずきの言葉に思わず立ち上がる。


「その人、誰なの? 幽霊?」


 そんな俺につられて、瑠衣るいも立ち上がっていた。


 瑠衣にも、はずきの姿は視えているらしい。


 困惑こんわくする瑠衣に対し、はずきは困ったように口を開く。


「残念だけれど、瑠衣ちゃんを一緒に連れて行くわけにはいかないの」


「ど、どうしてですか?」


 戸惑とまどう瑠衣に、はずきは答える。


「時間が無いから手短に説明するけれど、私が東雲さんの居場所を知れたのは、瑠衣ちゃんの守護霊であるゴマちゃんが教えてくれたからで、その教えてもらう条件が、瑠衣ちゃんを危険な目に合わせないことだったの。ゴマちゃんは、それだけ瑠衣ちゃんを守りたかったってことだから――許してあげてくれない?」


「……ゴマちゃんが、私を?」


「ゴマちゃんは、ここら辺の化け猫の総元締そうもとじめだからね? ゴマちゃんの探索力は凄いんだから! そんなゴマちゃんも、東雲さんを助けたいと思ってるみたいで、私に居場所を教えてくれたの! あなたたちはゴマちゃんの言葉が分からないから、私が伝えるために出てきたってわけ!」


 はずきの言葉に迷いつつも、瑠衣は時間が無いことも理解して、納得してくれたらしい。


「……私が行っても、しょうがないもんね」


 少しだけうつむいた瑠衣は、すぐに顔を上げた。


「よーっし、全部分かった!」


「……瑠衣?」


「また、みんなで美味しいモノでも食べよ! 私、ご馳走ちそう用意して待ってるからっ!!」


 瑠衣は涙目で、笑ってくれた。


 それを見て、俺も思わず笑い返す。


「すげー楽しみだわ! ちょっと行ってくる!」


「みんなで帰ってきてね!」


「おう!」


 俺は瑠衣を道場に残し、はずきと一緒に飛び出した。

 

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