第90話 そこにいるはずのない人1


 俺は瑠衣るいと二人きりで、道場の真ん中に座っていた。


 東雲しののめの儀式に、どれだけの準備が必要なのかは分からない。


 しかし、まくらさんが朝から準備をしていたのなら、あまり時間は残されていないと考えるべきだろう。


「大丈夫、かな?」


 瑠衣の不安は当然だ。


 なぜなら、すでに東雲は、この世にいない可能性だってあるのだから。


「……くそったれ」


あきら?」


 考えてみれば、いつも、そうだった。


「俺はいつも口ばっかりだ」


 幼い頃、親父おやじに助けられたあの日から、俺はずっと助けてもらってばかりだった。


 今だってせんさんに任せきりで、何もできてない。


 こんなていたらくで、東雲を救けることなんて――


「そんなことないよ? 明は、凄いよ?」


 瑠衣が俺を、まっすぐに見つめていた。


 俺は瑠衣を見つめ返すが、その言葉の意味が分からなかった。


「でも、俺はいつだって――」


「私、明には何度も助けてもらったよ?」


 素直に、驚く。


 瑠衣が、そんな風に思ってくれているなんて、気付かなかった。


「ゴマちゃんがって悲しかった時〝ゴマちゃんが私の守護霊になって、泣いていた私を見て悲しんでる〟って明は言ってくれたじゃない? 明がそう言ってくれたから、私はあれから、何があっても、ずっと笑顔でいられたんだよ?」


「……瑠衣?」


「この前だって、シノちゃんを一緒に助けに行こうって言ってくれたの、凄く嬉しかった。それに私だけじゃない。私は明が、いろんなことに首を突っ込んで、誰かのために頑張ってるのを知ってるもん。私だけじゃなくて、他の人だって、明には絶対に感謝してるハズだよ」


 力強く言われて、嬉しいけれど、少しだけ恥ずかしかった。


「……そうかな?」


「私も明には感謝してるから、瑠衣ちゃんの考えは正しいと思うわ」


 不意に割り込んだ声に、俺は顔を上げた。


「久しぶり」


 そこには、そこにいるはずのない人がいた。

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