第88話 凄く悪い予感1


「くくくくくくく」


 立ち上がったせんさんの笑い声が、道場に響いていた。


「……あの、大丈夫ですか?」


「これが笑わずにおれるものかっ!」


 俺の心配をよそに、千さんは盛大に笑う。


「まさか、本当にこんな小僧が――現代の霊媒師れいばいしが成し得なかった偉業を成し遂げるとはな!」


 俺の振るった【鬼殺おにごろし】は、千さんの右手首を断ち切っていた。


 ぼとりと落ちた千さんの右手首は、畳の上でぴくぴくと痙攣けいれんしていて、すごく気持ち悪い。


 心配する俺をよそに、千さんの右腕の断面からは血の様なモノは流れておらず、最初に聞いていた平気だという話は本当らしい。恐らく、痛みもあまり感じていないっぽい。


「こうしてはおれんっ! 瑠衣るいよ、まくらに連絡じゃっ!」


「わかった!」


 びしっと指をさされた瑠衣は元気に返事を返すと、スマホを取り出して電話をかけ始める。


 それを満足げに見ていた千さんは、今度は俺を指さしてくる。


「これから鬼と戦う心得を教えてやるから、よーく聞くがよいっ!」


 ――っ!


「まず、鬼は最強のあやかしじゃ。その運動能力はあの小娘を遥かに上回る。最強の霊媒師に近い獅子堂ですら首筋に一撃を当てることしか叶わぬ相手であるがゆえに――小僧が鬼を斬れる刀を所持しておっても、その刃を鬼に当てることはほぼ不可能じゃ。つまり、小僧は弱者として強者に勝つため、小娘を破ったような弱者としての作戦が不可欠となるじゃろう」


 それは、確かに考えていたことだが、


「ついに、俺は土俵どひょうに立てたってことか」


「そういうことじゃな? しかし、鬼が小僧よりはるかに強いことは変わらぬ故、わらわも――」


「あれ?」


 俺と千さんの会話を遮るように、瑠衣が声を上げた。


「お父さん、電話に出ないんだけど?」


 瑠衣の言葉に、千さんが目を細めた。


 腕を組み、逡巡しゅんじゅんの果てにつぶやく。


「まさか、トラブルか? いや、それとも――まくらの奴、妾たちをはかったのか?」


「……どういうこと?」


「妾は耳が良くてのぅ」


 瑠衣の疑問に、千さんは渋々しぶしぶと語りだす。


「……不可抗力で盗み聞きしてしもうたのじゃが、まくらは、咲夜さくや――小僧の母上と電話である取り決めをしておった。その取り決めとは、小僧を鬼とは戦わせず、小僧の安全を確保するということじゃ。要約するなら、小娘の儀式には小僧を呼ばないと話しておった」

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