第86話 ヒント1


「全然だめじゃん」


 へばって畳で息を整える俺に、瑠衣るいがため息をついている。


「そう言われても、こんなに硬いなんて思わないだろ?」


 俺の反論に、せんさんが笑った。


「いつも思っておったが、小僧はデカい口を叩くのが上手いよのぅ?」


「私も思ってた」


 千さんの言葉に同意する瑠衣を見てくやしく思う。


「口だけで悪かったな!」


 俺は朝からずっと、千さんの腕に【鬼殺おにごろし】で挑んでいた。


 さきほど昼を食べ終えてからは、瑠衣も道場で見学しているが、成果はまるでない。


 千さんはずっと俺に付き合ってくれていたが、すでに飽きて片手でスマホのソシャゲを始めてしまう始末だし、俺の斬撃ざんげきは千さんにとって痛みすら感じないらしい。


 硬いとは聞いていたが、ここまで刃が立たないとは思わなかった。


「くくくくく」


 千さんの余裕も当たり前だが、


「笑い事じゃないんですけど!」


 気づいてはいたが【鬼殺し】を扱うにはかなりの霊力を消耗しょうもうする。


 時間だって体力だって限界があるし、これ以上同じことを繰り返すわけには行かない。


「……動かない千さんですら切れないのに、鬼に戦って勝つなんてできるのかな?」


「普通の方法では無理じゃろうな?」


 瑠衣の疑問に、千さんが答えている。


「鬼とは本来、対峙することも叶わぬ絶対的強者であり、鬼と人間が対等に対峙すること自体がおこがましいのじゃ。あの源頼光みなもとのよりみつですら油断させた酒呑童子しゅてんどうじに【神便鬼毒酒じんべんきどくしゅ】を飲ませて寝所ねどころを襲ったと伝承が残っておるぐらいじゃし、鬼を倒すには不意を突くしかあるまい」


「でも、どちらにしろ――斬れなきゃ寝首ねくびをかいても意味ないってわけかぁ」

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