第四章 鬼を殺せる刀

第85話 断ち切って見せよ


 翌日。


 朝食を食べ終えると、儀式の準備を行うため、まくらさんと東雲しののめは出かけて行った。


 俺は朝食の後片付けを瑠衣るいに頼み、せんさんと道場へ向かう。


 東雲を助けるために、これから俺は、千さんを斬れるようにならなければならない。


 意気込む俺と対照的に、千さんは道場の真ん中に座り込んだ。


「最初に言っておくが、わらわ霊媒師れいばいしではない。ゆえに【鬼殺おにごろし】の使い方も知らぬ。そもそも、鬼を斬ることのできる霊媒師なぞ協会にもおらぬから、これはいたし方ないが――妾が小僧のためにできることはったった一つだけじゃ」


 千さんは右腕をまっすぐ水平に伸ばして、俺を見据えた。


「妾の腕を、見事、断ち切って見せよ」


 俺は【鬼殺し】を構える。


 木刀の時と同じように、霊力を両手に集中させ【鬼殺し】に【練磨れんま】を行う。


 刀のでしかない【鬼殺し】の先に白い刀身が生まれるが、木刀の時とはにならないほど霊力が吸われるのを感じた。こんなにも【鬼殺し】に【練磨】を集中するとなると、目や筋肉に回せる霊力は限られそうだ。


 俺は【鬼殺し】から視線を外し、千さんを見つめる。


「斬る前に確認したいんですけど、千さんは斬られても大丈夫なんですか?」


 俺の言葉が予想外だったらしい。


「くくくくく」


 千さんは声を立てて笑っている。


「妾の心配をしてもらえるとは思わなんだわ。そもそも、鬼の肌は堅牢無比けんろうむひ獅子堂ししどうですら斬ることのできなかったこの肌を、そう簡単につらぬけるなどと――」


「そうじゃなくて!」


 俺の怒声に、千さんは眉を寄せた。


「何を怒っておる?」


「手伝ってくれる千さんを、傷つけるわけにはいかないじゃないですか!」


「……あくまで妾を斬るつもりというわけか?」


 千さんはニヤリと笑った。


「安心せよ。【鬼殺し】は普通の霊刀れいとうとは違い、刃先をまるごと霊力によって生み出しておるゆえに、人体へのダメージは無い。鬼を殺すためには、依代よりしろの魂と鬼の繋がりをその眼で見定め、分断するという流れになるじゃろう。腕だけならば斬られても妖力ようりょくを失うだけじゃから、存分に、後悔のないように、全力で斬るが良い」


 俺は千さんの言葉に納得して【鬼殺し】を構える。


【練磨】を目に使うと、うっすらであるが、千さんの体内に人の体があることに気づいた。


 確かに霊体である【鬼殺し】ならば、依代である人体を傷つける心配は無いだろう。


 覚悟を決める。


 俺は【鬼殺し】を、千さんの腕へと振り下ろした。

 

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