第84話 ほんの目と鼻の先3


「なら、なんでよ? 獅子堂ししどう君は、私の最後の願いすら聞いてくれないっていうのっ!?」


 混乱し終わって怒り出した東雲しののめに、俺は薄くため息をつく。


「東雲は前提ぜんていから間違ってる」


「……前提?」


 まるで気づかない東雲に、俺は笑う。


「東雲は死なないし、死なせない」


 東雲は、改めて目をまたたかせた。


「最後なんて言うな。悲しむ人がいないなんて、そんな悲しいことを言うな。まくらさんだってせんさんだって、瑠衣るいだって、もちろん俺も、東雲が死んだら悲しいに決まってるだろ? それに、東雲は俺が絶対に助けてやる。だから、東雲には好きな男に抱かれるチャンスなんて、これからも腐るほどあるんだ。だったら、ここで東雲が抱かれる必要ない。違うか?」


「……なんてこと!」


 東雲は恥ずかしそうに、その顔を両手で隠す。


れそう」


「惚れてなかったのかよ!? ……っていうか、それがやっぱり答えだろ? 東雲は死ぬ直前だから俺を選ぼうとしたんだろ? それは男として嬉しいけどさ? 本来はそういうもんじゃないし、東雲はもっと自分を大切にしてだな」


 つくろうような俺の言葉に、東雲は笑った。


「獅子堂君って、やっぱり変わってるわ」


「それはお互い様だろ?」


「こんな時にも格好つけちゃって、勿体ないことをしたわね。私の気が変わらないうちに卒業すれば良かったのに、そんなことだから童貞なのよ?」


「うるせぇ! 大きなお世話だ!」


「本当に、大きなお世話で――その、獅子堂君?」


「なんだよ?」


「……ありがとう。嬉しいわ」


「……急に素直になるとか反則だろ!?」


 俺たちはそれからもののしり合って、笑い合って、笑い疲れて、いつの間にか眠った。


 胸だけでもひと揉みしたかったって本音は、墓場まで持っていこうと思う。

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