第82話 ほんの目と鼻の先1


「……何か不満な訳?」


 思わず無言になる俺に、東雲しののめがキレている。


 しかし、待ってほしい。


「キレてもいいのは俺の方だろ?」


「どうしてよ? 私は事実しか言ってないわ。それを獅子堂ししどう君がどう勘違いしても獅子堂君の自己責任だと思うし、そこは自分のおろかさを恥じて欲しいわね」


「いやいや、アレは絶対そう思うって!」


「どんな事情があろうとも、獅子堂君は二回目なんだから察せたハズよ?」


「……彼女いない歴イコール年齢の俺に、それを察しろっていうのは酷すぎるだろ」


「え? ちょっと待って? そもそも、これ以外にどういう意味があるのよ?」


「……お前、分かってて聞いてるだろ?」


 俺たちはあれからパジャマを脱ぎ、下着姿で同じ布団に入っていた。


 ちなみに会話はしているが、お互いの体を視界に入れないように背中合わせで横になっていて、残念ながら性的目的ではない。


 東雲の目的はみだらな行為などではなく、俺の傷や霊力を回復させることだった。


 東雲の言う通り、確かにコレを経験するのは二回目だ。


 東雲の用意した布団には結界が張ってあり、その中で肌を近づけることで霊力の譲渡じょうとを行う。


 肌を露出させることで、その効率が高まるという説明を受けたのを思い出していた。


「……ところで、どういう風の吹き回しだよ?」


 それは二人っきりの個室の布団の中で、肌の温かさすら伝わるほど近い距離。


 電気を消し暗闇に包まれているから、東雲と自分しかこの世界には存在しないように思えた。


 そんな静かな世界で、


「これでも私は、獅子堂君に感謝しているのよ」


 東雲が、ぽつりぽつりと語りだす。


「私、感情を表に出さないから誤解されることが多いし、自分でも自分のやりたいことっていうのが今まで分からなかったわ。そんな私が、生まれて初めてやりたいことが――ルイルイの身代わりになることだった」


 東雲が寝返りをうったことが、振動で伝わってくる。


 東雲の黒髪が揺れたのだろう――東雲のシャンプーの匂いを感じる。

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