第80話 万が一2


 俺は【練磨れんま】を足に使い、東雲しののめに木刀を振りかぶった。


 足に【練磨】を使うだけなら、俺はすでに化け物じみた速度で走ることが出来るようになっていた。しかし、それも東雲の方が上。俺の動きを見切った東雲は、俺の右側へと身をひるがえす。


 俺の右目は閉じたままで――東雲の姿が死角しかくに隠れた。


 もしも、俺がここで右目を開いたとしても、光に慣れるまでには時間がかかるから、そのタイムラグによって俺は負けるだろう。


「私の勝ちよ」


 東雲が木刀を横なぎに振りかぶり、勝利を確信した、その瞬間。


 


 道場の照明が、消えた。


 


 暗闇くらやみに包まれた瞬間、俺は右目を開く。


 右目に【練磨】を使うと、闇の中でも東雲の姿がはっきりと見えた。


 俺達の速さは、すでに常人では捉えられないレベルだったハズだ。そんな速度の中で、突然の暗闇による混乱と、夜目へと慣れるまでの物理的な時間差は、驚くぐらいに効果があった。


 これは間違いなく、不意打ち。


 正々堂々のせの字もない行為。


 俺の木刀は、東雲の木刀を弾き飛ばした。


 見様見真似みようみまねで覚えた足払いで東雲を畳みに倒し、木刀を向ける。


「俺の勝ちだ」


 俺の宣言と共に道場の照明が点く。


 畳の上で、東雲は倒れこんだまま目を白黒していた。


「勝負はどうなりましたか?」


 不意に道場の扉が開かれ、まくらさんが顔を出している。


「くくく。さっきの停電は、まくらの差し金か?」


 せんさんが笑っているが、まくらさんはかぶりをふった。


「私はあきら君に頼まれたことを行ったに過ぎません。私が頼まれたのは〝眼帯を貸してほしい〟ということと〝八時を五秒過ぎた瞬間にブレーカーを落としてくれ〟ということだけですよ」


「最初から作戦じゃったという訳か」


 まくらさんと千さんの視線の先で、俺は東雲に手を差し出した。


「万が一を体験した気分はどうだ?」


 俺の言葉に、東雲はくすりと笑う。


「嘘みたい――いえ、これでは説明不足ね」


 東雲は俺の手を借りて立ち上がる。


「最高の気分よ」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る