第79話 万が一1


「息まいておったくせに、まったく相手にならんのぅ?」


 道場の畳にひっくり返っている俺を、せんさんがのぞんでいる。


「……今から勝つところなんだよっ!」


「六十五戦六十五連敗でよく吠えよるわ。【練磨れんま】の精度により肉体のアドバンテージはほぼゼロに近く、木刀ぼくとうでの戦闘経験もまるで相手にならず、しかも、小娘は石橋を叩いて渡るタイプじゃから違和感を覚えれば退くことすらできるゆえに隙すら存在しない。戦えば戦うだけ小僧の方が体力も霊力も消費しておるし、ご自慢の眼帯も視界をせばめるだけときた。こんな状況で小僧が勝つなど何年経っても無理じゃろうなぁ?」


「正論は辞めろっ!」


 俺が飛び上がるようにして起き上がると、東雲しののめは時計を見上げていた。


 時刻は八時十分前。


 窓の外はすでに真っ暗だ。


 俺たちはいつも夜の八時を境に修行を辞めていて、東雲が口を開く。


「これで最後にしましょう」


 すでに修業を始めてから四日目。


 東雲の儀式が行われるのは明後日あさってであり、東雲は明日、儀式の準備のためにまくらさんと現場へと出かけると聞いていた。


 だから、次の勝負で勝てなければ、俺は東雲に勝つチャンスを永久に失うことになる。


獅子堂ししどう君は才能もあるし、充分に頑張ったわ」


 東雲の言葉に、今度は俺が眉を寄せた。


「私はその気持ちだけでも嬉しいし、これから獅子堂君が霊媒師としてこの修行を役立ててくれるのであれば、私の生きた意味も残すことができる」


「待て、東雲?」


「……何よ?」


「まだ勝負は終わってない」


「……往生際おうじょうぎわが悪すぎるわ」


「今から勝つって聞いてなかったのか?」


 俺は右目につけていた眼帯を外した。


「今更になって作戦変更?」


 東雲のたしなめるような問いに、ニヤリと笑う。


 俺はまだ、右目を閉じたままだ。


「眼帯の必要がなくなっただけだ。回数をこなして、俺はコレなしでも【練磨】を集中できるようになった自信がある」


「何でも好きにすればいいわ」


 言葉を返しながらも、東雲は木刀を構えた。


「最後の勝負は、八時になったら始めようぜ?」


「……いいでしょう」


 そんな俺たちの間に千さんが立って、時計を見上げた。


「妾が最後の合図をつとめよう」


 千さんが手を上げ、道場が緊張感に包まれる。


 笑っても泣いても、これが最後の勝負。


「はじめっ!」

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