第76話 刀オタク2


 まくらさんが金槌かなづちを下ろし、刀身とうしんを台の上へと置く。


 俺はそれを見ながら、思いついた疑問を口にする。


「この刀が、まくらさんなりの、東雲しののめを助けるための準備なんですか?」


「はい。これが私の十年越しの答えでもあります。鬼を斬ることのできなかった【鬼殺おにごろし】に足りなかった切れ味を生み出すためには、純粋に切れ味の高い刀をきたえる必要があると私は思いました。単純ですが、やはり単純だからこそ信じられる答えと言う訳です」


 まくらさんは、困ったように笑って続ける。


「……材質に形状、さらに私の技術の向上、様々な要素を一から構築こうちくし直したこの刀は、私の鍛えた刀の中で最も〝斬る〟ことに特化しておりますが――まだ確実に鬼が斬れるかと問われれば不安が残りますね」


 俺は改めてその刀身を見つめる。


 俺には普通の日本刀にしか見えないが、その刀身は俺の思い描く日本刀とは違い、弧の様にってはおらず、西洋の剣のように真っすぐだった。


「日本刀なのに反っていないのは、その工夫のひとつなんですか?」


「良い質問ですね!?」


 何気なく聞いたその一言に、まくらさんが目を輝かせる。まくらさんの右目はまだ開かれたままのため、輝きをさらに増したという方が正確かも知れない。


「そもそも刀が何故なぜ反っているのかを知らない方は多いのですが、これは切れやすさを考慮して反っている訳ではありません! 実は刀とは刃鉄はてつ心鉄しんてつと呼ばれる二種類の鋼を複合して作られているんですよねっ!!」


 いつもと違って興奮しているまくらさんに怖気おじけづく。


「……そ、そうなんですか?」


「ですです! 刃鉄とはその名の通りに刃先に使われる切れ味をよくするための固い鋼であり、心鉄とは刀身の背面側はいめんがわであるみねに使われるねばり強く靭性じんせいの高い鋼で――この両者を保有することで日本刀とは西洋剣よりも折れにくく切れやすいという特徴を持っております! ちなみにあきら君は熱処理の代表的な焼入れというものをご存じでしょうか!?」


「い、いえ、知らないです」


 俺は知らず知らずのうちに、とらを踏んでしまったらしい。


「鋼とは焼入れをすることで硬く強靭きょうじんな性質を持つように変化します。この差によって加工時は柔らかく、製品として扱う時には硬いという夢のような性質を鋼は実現させるのですが――すいません、少し脱線してしまいましたね。つまるところ、その焼入れと言う熱処理を刀にも最終工程で行うのです。そして、鋼は焼入れを行うと熱膨張ねつぼうちょうが起こるんですよ!」


 ヤバい。


 専門的すぎてまるでついていけない。

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