第75話 刀オタク1


 四人でダイニングキッチンに行くと、今日はまくらさんの姿が無かった。


 ちなみに、まくらさんは瑠衣るいの料理がめちゃくちゃ好きだ。


 いつもなら「皆さんを待っていてお腹と背中がくっつきそうですよ」と純粋じゅんすいな感想なのか嫌味いやみなのかよくわからないことを口にして待ちきれない様子だから、席にいないのは珍しい。


 瑠衣もそれを不思議に思ったのか、俺に様子を見てくるように頼んできた。


「私たちで準備しておくから、お父さんを呼んできてくれない?」


「任せとけ」


 俺は二つ返事で、まくらさんの元へ向かう。


 まくらさんの工房こうぼうは、道場と同じように別の建屋だ。


 近づくにつれ、何か鉄を叩くような甲高い音が響いていることに気づく。


 まくらさんが刀匠とうしょうという話は何度か聞いていたが、こうして仕事場に入るのは初めてだった。


「失礼します」


 一応声をかけてから扉を開くと、最初に気になったのはその熱気だ。


 夏場ということもあるけれど、刀をきたえるための工房は煉瓦れんがを積んで作ってある炉や鉄を熱するためのバーナーなどが並んでいて、整理は行き届いているものの、どことなく町工場のような雰囲気だった。


 そんな工房の中央にはまくらさん背中があり、何度も金槌かなづちを振り下ろしている。


「あと少しでひと段落しますので、少しお待ちください」


 顔を向けずとも、まくらさんは俺のことに気づいたらしい。


 回り込んでみると、まくらさんの手元には熱されて朱色しゅいろびている刀身とうしんがあった。


 真剣な表情で刀を打ち続けるまくらさんは、眼帯がんたいを外していた。


 まくらさんの開いた右目は少しだけ白く輝いており【練磨れんま】を使っていることがわかる。


「私の右目は、刀を鍛えるためにしか使わないんですよ」


 まくらさんは大きな金槌を片手で振り下ろしていて――そこにも恐らく【練磨】を使っているんだろうが、俺にも視えるほどに【練磨】を集中させている右目は別格だ。


「私は感覚をませるため、日常生活では右目を封印しております。それだけ刀匠にとって見極めるというのはとても大切な要素なのです。私は特に温度変化への見極めが得意でして――タイマーなしで、カップラーメンを作る選手権があれば世界一位になる自信があります」


「……世界一の無駄遣いですね」


「私もそう思います」


 軽口を叩きつつも、俺はまくらさんの技術に惚れ惚れとしていた。


 すでに刀身は完成目前といった様子で、鋭く力強い刀身が目の前で生まれていく様子は、素人目で見ていても面白かった。


「お待たせしてすみません」

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