第74話 あくまで有言実行


「そろそろお昼だよ――って、あきら!? 大丈夫!?」


 道場の扉を開いた瑠衣るいが、俺の惨状さんじょうに気づいて近づいてくる。


「……だ、大丈夫だ」


 負け惜しみで口を開くが、俺はボロボロになって畳にひっくり返っていた。


 体はきずだらけで、さっき鼻血が出たから鼻にティッシュも詰めている。


「何があったの!?」


瑠衣るいよ、騒ぐでない。小僧が小娘に二十五連敗中ってだけじゃ」


 千さんがゲームから目を離さず、手短に説明してくれた。


 俺は今朝けさから東雲しののめいどみ続け、呆気あっけなく負け越し続けている。


 東雲は俺に止めを刺す時、木刀から【練磨れんま】を抜いてくれてはいたが、それでも純粋に木刀で叩かれるというのは凄く痛い。しかも「痛い」と口にしようものなら、千さんが「防御に【練磨】を使えておらんから痛いのじゃ、この阿保あほうが」とののしってくるオマケ付きである。


 そんなことを続けていて、少し気付いたことがある。


 冷静になって考えてみれば分かることだったけれど、東雲は一人前の霊媒師で、素人に毛の生えた程度の俺が相手になるわけがなかった。


 東雲と戦い続けることで、ただの練習をしていた時よりも、どんな風に【練磨】を使えば効果的なのかが少しずつ分かってきてはいたけれど、まるで俺の木刀は東雲に届かない。


 先ほどの一戦では【練磨】を足に集中させ、東雲よりも先に打ち込んだが、東雲は代わりに腕に【練磨】を集中させていた。踏み込みの速さ以外は全て負けていた俺の木刀はあっさりと地面に叩き落され、息をつく間もなく足払いをされて俺は地面に転がった。


 困ったことに、いどめば挑むだけ、俺の敗因は増える一方だ。


 東雲の動きは参考になるけれど、とても複雑でバリエーションも多い。


 その動きに対応するのは一朝一夕いっちょういっせきでは難しいだろう。


 そもそも【練磨】の精度が桁違けたちがいだから、初速からして俺は東雲に劣っていたし、もしも俺の方が早く仕掛けたとしても、純粋な木刀の扱いも東雲の方が上。


 正面からのぶつかり合いでは、何回挑んでも東雲に勝てない気がしたが――一対一のこの戦いで、東雲の不意をつく方法なんてあるんだろうか?


「……東雲は俺に勝たせる気ないだろ?」


「当然でしょ?」


 俺のうらぶしに、東雲はニヤリと笑う。


「私は獅子堂ししどう君でなかろうとも、人間が鬼に勝てるとは思ってないわ。そもそも、獅子堂君は千さんどころか私に勝つことすら絶対にできない。その現実を教えてあげることこそ、本当の友達だと思うのよ」


 平然へいぜんと言ってのける東雲は、本気で俺を足止めする気らしい。


 考えてみれば、東雲は初日に、俺を鬼とは戦わせないように説得してきた。


 あくまで有言実行って訳か。


「なら、俺だって、友達として勝つしかねぇな」


 上半身を起こした俺に、東雲が手を差し出してくれた。


 素直に手を借りて立ち上がる。


「楽しみにしておくわ」


「首を洗って待ってやがれ」


 とりあえず、俺たちは昼休憩を取ることにした。

 

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