第73話 いいえ、それには及びません


 瑠衣るいの家に泊まって四日目の朝。


 道場に入った俺に、東雲しののめは木刀を手渡してきた。


「今日からついに、実戦を見据みすえた修行に入るわ」


 東雲は真剣に俺を見つめている。


 せんさんは相変わらず道場のすみっこで携帯ゲームを起動して寝転んでいる。遊んでいるように見えて、なんだかんだ俺たちのことを見ていて、考え方やコツを教えてくれていた。


 木刀を手に取り、正面に構える。


「幽霊には物理的な攻撃が効かないことは獅子堂ししどう君も知っているでしょ? だから、私たち霊媒師は武器を【練磨れんま】することによって霊力で包み込み、幽霊に干渉かんしょうする」


 俺の正面で、東雲も木刀を構える。


「よく視てね」


 東雲が力をこめると、木刀の刃先に白いもやのようなモノが視えた。


 幼少期に視た刀を振るう親父の姿と、はずきを斬った東雲の姿が思い出された。


 あの日本刀に宿やどっていた白い靄は、霊力だったのか。


「今の獅子堂ししどう君なら、そこまで苦労なく木刀の刃先に【練磨】をすることができるハズよ。木刀を身体の一部だと思い込むとやりやすいわ。やってみて」


 俺は目を閉じて集中する。


 体内で霊力が移動していくのを感じる。


 それを手の平の先、木刀へと流し込む。


「やはり筋が良いのぅ。いや、小娘の教え方が上手いのかも知れぬな?」


 せんさんの珍しい誉め言葉に目を開くと、俺の木刀にも白い靄が宿っていた。


「あとはその靄を鋭くますイメージに切り替えなさい」


 俺は東雲にうなずき、日本刀の先端をイメージする。


 触れるだけでもぱっくりと斬れるような鋭いイメージ。


「試してやるかの?」


 千さんが立ち上がり、壁にかかった木刀を手に取る。


「……何をする気ですか?」


 東雲の問いに千さんはニヤリと笑い、


「ほれ!」


 手に持つ木刀を俺に投げつけてきた。


 俺は突然のことで身動きできず、投げられた木刀をそのまま構えた木刀で受ける。


 木刀がかち合うが――ぶつかった木刀同士は音もしなかった。


 千さんの投げた木刀は、抵抗も感じさせず、あっさりと真っ二つに切れてしまった。


 ただの木刀が、こんな切れ味に変わるなんて信じられない。


「良い切っ先じゃ」


 満足そうに笑う千さんが、初めて道場の中央に立つ。


「獅子堂の忘れ形見よ。そろそろわらわと遊ぶか?」


「いいえ、それには及びません」


 そんな千さんに対し、東雲が前に出た。


 東雲が構えた木刀の先を、俺にまっすぐ向けてくる。


「千さんは私よりもはるかに強いわ。私を倒せないようなら、獅子堂君には千さんと戦う価値すらない。だから――まずは私が相手になる」


「上等だ」


 木刀を構える俺と東雲を見て、千さんはつまらなそうに頭をかく。


「ここで終わって、妾に退屈させるなよ?」

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