第71話 気持ちいいでしょ?2


 せんさんはニヤリと笑って東雲しののめを見た。


 東雲はそれにカチンときたらしい。


「ひ、卑猥ひわいだなんて千さんが言うからじゃないですかっ!?」


 それを見て笑う千さんと、必死に何かを否定する東雲は、俺のことなんて眼中になかった。


 俺は一人で投げ出され、仕方なく自分の右腕に視線を向ける。


 普段の二倍ほどにふくれていた二の腕の筋肉は、いつの間にか元の太さに戻っていた。


 気付けば窓の外には夜の闇が広がっているし、ちらりと道場にある時計を見てみれば、すでに夜の八時を回っていた。


 つまり、俺はこの一日をついやし、ようやく眼以外の場所に対して【練磨れんま】を使うことができるようになれたらしい。


 まったく未知の技術だから、どれくらい時間がかかるものなのかも分からないが、


「こんなペースで大丈夫なのか?」


 俺の不安を表した言葉に、東雲がうなずいてくれる。


「ハッキリ言って、獅子堂ししどう君は優秀よ? 元々適性があるとはいえ、普通の霊媒師だったら、それこそ【練磨】の習得には一か月かかってもおかしくないの」


「……」


 そう言ってもらえるなら、俺は確かに才能があるのかも知れない。


 でも、


「たったの五日間で、鬼を斬ることなんてできると思うか?」


「無理じゃろうな」


 答えてくれたのは千さんだった。


「でも」


「隠しても仕方あるまい」


 東雲が反論しようとして、それを千さんがたしなめる。


「まくらも話しておったが、これは万に一つの可能性を探っておるに他ならぬ。しかし――」


「万に一つでも、ゼロじゃない」


 俺の言葉に、千さんが大きく笑った。


「もう日も暮れた。風呂に入ってよく眠り、明日にそなえよ。努力することも大切ではあるが、しっかりと休息を取る才能もまた、成長するには大切な要因じゃ」

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