第69話 実はあんまりないのよ


「家事は私に任せて、あきらは修行に行ってきて!」


「私は工房こうぼうにいますので、何かあればお伝えください」


 瑠衣るいとまくらさんの二人と別れ、俺と東雲しののめせんさんはダイニングキッチンを後にした。


 三人で廊下を進み、渡り廊下を抜けて道場へと入る。


 高校にあった剣道場のようなその建屋は、二十メートル四方ほどの広々とした道場だった。


 畳敷きの道場は木刀ぼくとうが何本か壁にかけてあり、達筆たっぴつすぎて読めない掛け軸なんかも飾ってある。思ったよりも新しい建屋なのか、冷房が効いていてありがたかった。


わらわの出る幕はまだ後じゃな。まずは小娘に【練磨れんま】を習うがよい」


 千さんはそう言うや否や、道場の端っこで横になってしまった。


 千さんの周りには携帯ゲーム機や漫画雑誌が積んであって、千さんは携帯ゲームを手に取って遊び始めてしまう。ここは道場でありながら、千さんの部屋でもあるようだった。


 その巨体や言い草にまるで似合わない趣味に少しだけ驚く。


 東雲なんかよりも、よっぽど人間味がある気がする。


 そんな風に思われていることを知らない東雲が、俺に向かってこほんと咳をこぼした。 


獅子堂ししどう君は、そもそも【練磨】について知ってる?」


 俺がかぶりをふると、東雲はあごに手を当てて説明を始めた。


「【練磨】っていうのは、私たちの霊力を、身体の様々な部位に集めて活性化することで、通常では有り得ない身体能力を得るための――霊媒師にとっては基礎中の基礎の技術よ。超能力者と呼ばれる人たちや、天才と呼ばれるアスリートたちは、これを無意識に応用しているわ」


 説明を受けながら、俺は東雲やまくらさんの身体能力の高さ思い出していた。


 おくせずマンションのベランダから降りて行った二人には、それ相応の理由があったらしい。


「具体的にはどうすればいいんだ?」


 俺の問いに、東雲はくすりと笑った。


「でもね、獅子堂君に教えることっていうのは、実はあんまりないのよ」


「なんでだよ?」


 眉を寄せる俺に、東雲は答える。


「獅子堂君はもう【練磨】を使いこなしているんだもの」


「……へ?」


 俺の間抜けな返事に、千さんが笑った。


「貴様は霊が視える。それは己の霊力を目に集め【練磨】を行使しておるからじゃ。それどころか、眼だけで言えば、貴様は小娘よりも【練磨】が得意なハズじゃ。妾がマンションで小娘を襲った時、貴様は妾の動きを目で捉えておったじゃろう?」


 まるで早送りにしたかのような速さで襲い掛かる千さんの姿を、俺は確かに捉えていた。


「でも、視えるだけじゃ」


「だから、あとはその応用なのよ。眼に集めている霊力を、他の筋肉に回しなさい。それができれば、獅子堂君は人間を超えられるわ」

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