第59話 まったく愚かな男じゃ


 わらわが中学に上がってから親を代えたのは、獅子堂ししどうに彼女が出来たからじゃ。


 早く結婚すれば良いモノを、妾がいるからといってしぶっておったのをよく覚えておる。


 まったく子ども扱いしおって、そんな気遣きづかいをされて妾が喜ぶものか。


 すでに妾は一人でも生きていけるとし――というか、妾の命は残り十年ほどしか残っておらんかったし、あんな鬱陶うっとうしい親父がいたら彼氏も作れんからの。


 くくくく。


 あんな親父は妾の方から勘当かんどうしてやったのじゃ。


 その日から、妾は別の霊媒師れいばいしの元で暮らした。


 妾はそれでも、この生き方をそれなりに満喫まんきつしておった。


 まくらや獅子堂がこのやり方に異を唱え、依代よりしろを助け、鬼だけを殺すために動いているのも知ってはおったが、その伝承は眉唾まゆつば程度であることも理解しておったし、正直に言えば、人を殺してしまうかも知れないという自らの中に潜む鬼におびえておった――というのが正確なところかも知れぬ。


 そして、あれは妾が二十歳を迎えた夏のことじゃ。


 予定より二年も早く、何の予兆よちょうもなく妾の中の鬼は目覚めたらしい。


 鬼の目覚める予兆を見逃すほど、妾の監視役かんしやくは無能ではなかったが、今までの依代は二十二を過ぎるまでは鬼が目覚めることが無かったゆえ、致し方ないとも言える。


 妾は目覚めた鬼の中で、うっすらと見ていた光景を覚えておる。


 妾は監視役の霊媒師を、この手で殺したのじゃ。


 そして、そんな妾の対応に霊媒師協会は迫られた。


 鬼とは危険なあやかしで、戦えば生きて帰れぬと決まっておったにも関わらず――その対応に志願しがんしたのが獅子堂じゃった。


 まったくおろかな男じゃ。


 獅子堂は目覚めた鬼の奥で、妾の自我が存在していることが視えておったらしい。


 獅子堂は自らの死という精神的なショックを妾に与えることで、鬼の中で眠っておった妾の人格を呼び起こし、鬼の脅威から人々を守ったのじゃ。

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