第58話 童子切安綱2


 まくらさんはこほんとせきを一つつき、


「そもそも、鬼が本当に人を超えるあやかしであり、絶対的強者であると考えるならば、鬼に人々が喰いつくされていない現状は不自然です。平安時代には鬼に関する記述に様々なものがありますが――江戸時代以降にはその脅威きょういに対する記述は減り、それどころか一寸法師や桃太郎等の昔話により退治されることがあります。さらに伝承を読み解くならば、丹波大江山たんばおおえやまの鬼とされる酒呑童子しゅてんどうじは、源頼光みなもとのよりみつによって首を切り落とされ退治されています。その際に使われた刀である【童子切安綱どうじぎりやすつな】は、天下五剣てんがごけんの一つとされる国宝であり、そのレプリカが国立文化財機構こくりつぶんかざいきこう所蔵しょぞうさていますね」


「ちょっと待て」


 まくらさんの説明に、千さんが口をはさむ。


「レプリカじゃと? 【童子切安綱】は本物が所蔵されているんじゃないのか?」


 千さんの言葉に、まくらさんはうなずく。


「表向きはそのようになっていますが、現在【童子切安綱】の本物は霊媒師協会が保有しております。それは鬼への対抗手段としての研究が主な目的でしたが、その他にも大きな理由があります。それは【童子切安綱】が、刃先の存在しない刀であったからです」


 まくらさんの言葉に、俺は母さんから渡された刀を思い出す。


あきら君、霊刀れいとう鬼殺おにごろし】を出してください」


 まくらさんは、俺がそれを持っていることに気づいていたらしい。


 俺は母さんから預かった【鬼殺し】を机の上へと置いた。


「こちらは私が【童子切安綱】を再現してきたえた刀ですが、その刃先のない見た目から本物の【童子切安綱】は一般人にとってウケが悪いと判断されたのでしょう。……本物の代わりに所蔵されている【童子切安綱】も、名刀には他ならないのですけどね」


 素人目には刀のにしか見えない【鬼殺し】は、刃先が根元から折られてしまった様に見えなくもなく、確かに刀としては三流品のように思えた。


「五年前に私がこの刀を鍛えたのは、せんさんを助けようとした獅子堂ししどうさんのためでした。ここからの話は、私よりも当事者である千さんの方が詳しいかもしれません」


 ちらりと向けられた視線に、千さんはふんと鼻息はないきあらこたえる。


「ここからはわらわが話そう」


 千さんは腕を組み、天井を見上げながら話し出す。


「妾は今でこそこんな見てくれじゃが、瑠衣るいと同じく鬼を宿やどし、鬼が目覚める前に殺される予定の子供での。妾は鬼を宿してから小学校を卒業するまでの間、獅子堂に育てられたのじゃ」

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