第55話 まくらのお姫様とウチの愚息


 獅子堂ししどう咲夜さくやは、息子が家を出たのを確認し携帯電話を手に取った。


 何度目かのコールの後に出た相手の声は、


『ご迷惑をおかけしてすみません』


 いけ好かない優男の困り声だ。


「まくら? こうして話すのは久しぶりね?」


『咲夜さん、ご無沙汰ぶさたしております。少しの間、瑠衣るいをお預かりしていただけると――』


「まくらのお姫様とウチの愚息ぐそくは、そっちに向かってるわ」


『……あきら君を行かせることにしたんですか?』


「条件付きでね」


『正直に言って、意外でした』


 動揺しているまくらの声に笑う。


 私にもいろいろあんのよ。


「まくらは正直すぎるんじゃない? 何も子供に向かって全部話さなくても、優しい嘘でもついて誤魔化せばよかったじゃない? なんでそうしなかったのよ?」


 私の非難に、まくらも薄く笑った。


『咲夜さんも、素人だからと嘘をつかれた方が嬉しかったですか?』


 まくらが言っているのは、まことさんのことに違いない。


「……あんたねぇ?」


『……冗談ですよ』


「そんな歳になっても、つまらない冗談を言ってるから相手が見つからないのよ?」


『ははは。やはり咲夜さんは手厳しいですね』


「冗談はこれぐらいにして、本題に入るわよ」


『……はい』


「実際の所、東雲しののめちゃんを助けられる可能性はあるの?」


『万に一つ、といったところでしょうか』


「その方法は危険なの?」


『鬼と対峙する時点で命がけなのは、ご存じでしょう?』


「……」


『……』


「まだ東雲ちゃんの儀式までには時間があるんでしょ?」


『一週間後といったところですね』


「なら、明と瑠衣ちゃんに手伝わせて――その力の無さをしっかりとその身に叩きこんでから、最後の場には呼ばないようにしなさい」


『……』


「……」


『言われなくても、そのつもりでしたよ』


「……ならいいわ。まくらも元気でね」


『……咲夜さん。私は――いえ、なんでもありません。明君は私にお任せください』


 獅子堂咲夜は通話を切り、仏壇ぶつだんに向かってため息をついた。


 明の馬鹿は、間違いなく誠さん譲りだろう。


「まだ視ているなら、明のことを守ってやってね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る