第40話 そんなの、私が許さない2


 東雲しののめを押さえつけていた鬼が立ち上がり、瑠衣るいに向かって笑っていた。


「右手の覚醒かくせいだけでそこまで動けるとは、鬼とはつくづく規格外で困るのぅ」


 そして、目にもとまらぬ速さで、今度は鬼が瑠衣に爪を向けた。


 しかし、瑠衣は背後からの攻撃をいとも簡単に避け、体をひねって右手のみで反撃する。


 まるで背中にも目が点いているような動きだが、鬼もそれを読んでいた。


 瑠衣の突き出した右手首を掴み、空いた腕で首を締め上げて拘束こうそくする。


「他は人間のままか――まくら、今ならいくらでもれる。寝てないで早くこっちへ来い」


「そんなの、私が許さない」


 いつの間にか、鬼の背後には東雲が立っていて、ふらふらと瑠衣と鬼へ向かって歩いていた。


「東雲?」


 東雲は俺を一瞥いちべつすると、薄く笑った。


「小娘、何をする気だ?」


「瑠衣が助かるなら、私は何でもする。そう言ったハズです」


 東雲は鬼に締め上げられたままの瑠衣に近づき――なんと、唇を重ねた。


 瑠衣がびくりと震え、その身体から力が失われていく。


 みるみるうちに瑠衣の腕にまとった黒いもやが消えていき、その角も牙も縮んでいく。


 そして、変化していたのは瑠衣だけではなかった。


 瑠衣と入れ替わるように、唇を離した東雲の額からは、黒い角が生えていた。


「なんて無茶を!?」


 東雲の姿を前に、まくらさんの怒声が届く。


 瓦礫の前で、血を流すまくらさんが立っていた。


「……そんなことをしても、何も解決しないのがわからないのですか?」


 珍しく怒りを露にするまくらさんに、東雲は遠慮えんりょがちに視線を向けた。


「お世話になったにも関わらず、最後まで手を借りてしまって、すみません」


 立っているのもやっとに見える東雲は、笑って続ける。




「鬼が目覚める前に、私を殺してください」




 東雲はその言葉を最後に倒れ、そのまま意識を失った。


 ……何が起きているんだろう。


 東雲は、何がしたくて、何をしてしまったのか。


 瑠衣はいったい、なぜ殺される予定だったのか。


 二人に何が起きているのか、知りたかった。


「どういうことなのか、説明してください」


 俺の言葉に、まくらさんはため息をついた。


「……ここまで巻き込んでしまって、何も説明しないという訳にもいきませんね。不本意ながらも時間ができた事ですし、この件を私に任せてもらうためにも説明しましょう。しかし、その前に一つだけ、お願いを聞いてくれますか?」


 人差し指を立てるまくらさんに、俺は眉を寄せた。


「お願いって、何ですか?」


 思わず身構えていた俺だったが、まくらさんは笑みを浮かべて口を開く。


「お二人を私の家へ運びたいと思います。悪いんですが、運ぶのを手伝ってください」

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